昼下がりの午後。
授業にも興味はなく校庭に目をやる。
曇り空から、水が落ち始める。…雨。
「それで、負けちゃったの?」
茶色の髪の女性が、机の反対側に座る水色の髪の女性…パレットに言う。
パレット「ん〜、手をぬいったっていうのもあるけど。」
実際、彼女はリオンとのロボトルの最中ほとんど指示を出していない。
「…で、そのコは例の計画に使えるの?」
言い終わるか終わらないかのそのとき、彼女達の上の裸電球が消える。
パレット「あ、消えちゃった。レイヤー、替え持ってきて。」
レイヤーと呼ばれた、先ほどの女性が立ちあがる。
レイヤー「で、暗くてわかんないけど何処にあんの?」
パレット「暗ければメダロットのライト使えばいいじゃない。」
レイヤー「あ、なるほど。」
その後、女性の悲鳴が響いた。
リオン「(しまったなぁ、傘持ってきてない。)」
ぼんやりと黒板…いや、電子黒板を見る。自分の机の液晶ディスプレイにも映し出されているが、どっちみち興味が沸かない。
瑠璃「今のとこ聞いてた?聞き逃しちゃったんだけど。」
隣に座っている少女、瑠璃が話しかけてくる。
リオン「聞いてりゃ苦労しない。」
そっけなく返す。それとほぼ同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
リオン「…終わった!」
急に生き返ったように立ちあがるリオン。何せこの日は金曜日。土、日と二連休になるため、気分はウハウハ(謎)。
ノリス「落ち着け!」
リオンのブレザーの端を引っ張り、無理やり座らせる。
リオン「なんだよ。」
不機嫌そうな顔をして、後ろのノリスの方を向く。
ノリス「まだホームルームが終わってない。」
一瞬止まるリオン。その後空気が抜けた風船のように机に突っ伏しる。
リオン「あー、傘持ってきてなかったな。」
昇降口の屋根の下で、そんな事をぼやく。雨は相変わらず降っている。
瑠璃「入る?」
横に立つ、大きな傘をさす瑠璃。
リオン「ば、馬鹿やろう!そんなん入るんだったら走って帰る!」
瑠璃「そんなこといって、メダロッチが壊れてもいいの?」
リオン「う゛…」
実際、水に浸かって壊れたということを友人から聞いた事をある。
しかもお金を貯めずにすぐに使ってしまうリオンにとってはメダロッチを買いなおす事はこれ以上ない痛い出費である。しかも、二つ。
その上その間転送が出来ないのでロボトルができないとくる。
メダロッチを買いなおすか、瑠璃に傘に入れてもらうか、リオンの中で天秤に賭けられる。
瑠璃「どうする?」
決着がついた。
リオン「仕方ない。入れてくれ。」
結局傘に入れてもらう事にした。下校途中、同級生達に恨めしそうな眼で見られたがそこはほうっておこう。
リオン「ただいま。」
洗濯物が干してある玄関。雨で急遽とり込んだようだ。
瑠璃のおかげで雨でぬれることなく済んだのでまあよい。
そのまま二階への階段を上る。
部屋に入るとウイングとリューが何やらゲームをやっている。
ウイング「だからそこで幸運かけて資金を二倍にした方が…」
リュー「いやいやここはハイパーオーラで…」
どうやら某大戦ゲームをやっているようだ。しかし会話が噛み合ってないような気がするのは気のせいか。
リオン「あー、暇だ。」
ベットにねっころがる。何度も読み返した漫画を本棚から引っ張り出し、読む。半年近くものブランクが空いているのでそれなりに楽しめるというものだが…
リオン「…暇だぁ!」
記憶力のよい彼にとってはそれは無理な事であった。
読んでいた本を投げ出し、そして、起き上がる。
ウイング「何やってんだよ。」
視線はテレビ画面から離さず、つっこむ。
リュー「覇斬剣…逆鱗斬!」
いきなりフォーバイスを伸ばし、ウイングに切りかかる。
ウイング「やめろ、落ち着け!俺に切りかかるなぁ!」
白刃取りでフォーバイスを受けとめる。
といってもこのまま切られてもフォーバイスの背で切られるので殴られるのと同じことになるのだが。
リュー「はっ!?俺とした事が。」
我を取り戻し、フォーバイスを腕の中にしまう。
ウイング「ふぃぃ…」
両腕を下ろし、またゲームのコントローラーを握りなおす。
瑠璃「ブラスト、暇やね。」
ブラスト「どこの地方弁よ。」
瑠璃の愛機、ゴットエンペラーのブラストが返す。男型のティンペットに入ってはいるが、アニマ…メダルの性別は女である。
瑠璃「買い物に行きましょ!ほら、こういう日って雨でみんな外に出ないからすいてるじゃない、お店。」
ブラスト「今度こそXX型のティンペット買ってくれんの?」
瑠璃「ん〜、売ってたらね。」
XX型ティンペット、つまり女型のティンペットはXY型、つまり男型のティンペットよりも複雑で、どうしても生産ラインが男型よりも遅れてしまう。そのため、女型のティンペットはあまり売られている機会が少ないのである。
レイヤー「それで、そのコ使えるの?」
レイヤーは怖いもの嫌い。
メダロットの瞳の光が幽霊に見えたというので暴れだし、その上電球が見つからなかったので仕方なく悪戯半分でフェイクを電球代わりにぶら下げている。
パレット「ん〜、この間の第三研究所の騒ぎあったでしょ。あのとき逃げたっていうメダロット連れてるのよね。」
レイヤー「へぇ、噂のウイングメダル。あのメダルって強いの?」
いくらか慣れてきたのか、赤い光で照らされた机の上の、全く手をつけていなかった紅茶を飲み始める。
パレット「そこそこってところ。でも援護とかはうまかったわ。」
レイヤー「で、どうなの。」
ティーカップをおき、パレットの目を見る。
パレット「結論から言うと使えそう、ってところ。まだこれからの伸び次第。」
レイヤー「面白そう。見てくるわ。」
椅子を立ちあがる。
パレット「そのついでに、やって欲しいとこがあるの。」
いくつか、そのことを聞くと部屋を出るレイヤー。
パレット「もういいよ、フェイク。」
無言でメダロッチに戻るフェイク。
外の雨は、より一層強くなってきたようだ。
瑠璃「さて、どれがいいかな。」
いくつか新作のゲームソフトに目をやる。
ブラスト「こんな事のために連れてこないでよ。」
ブラストの手…もとい腕の上にはいくつかの荷物が置かれている。雨の機会だからまとめて買い込んでしまおうという魂胆に乗せられ、荷物持ちをさせられているのだ。
瑠璃「ん〜、ま、この辺にしましょうか。」
ゲームソフトを選ぶのを止め、ブラストの持ってた荷物をいくつか持つ。
ブラスト「帰るの?」
そのまま店の外に。雨は降っているようなので、傘を広げる。
瑠璃「うん。買うものは買ったから。」
ブラストを傘の中に入れ、歩き出す。
その後雑談をしながら歩いていると、ふと、前に同じように傘を差し、足を止めこちらを見ている人影に気付く。
「勝本 瑠璃さんね。」
年は、20前後か。薄い緑色の服を着た、それくらいの女性が瑠璃に話しかける。
瑠璃「そう…ですけど。」
辺りに人影はなく、明かりは瑠璃の頭上の電柱に付けられた電灯だけ。
「ロボトルしない?」
顔を覆っていた傘を上げる。茶髪の、大人っぽい顔つきをしたショートヘアの女性。
瑠璃「!?」
怪しい。女の勘という奴か、そう感じた。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はレイヤーと呼んでくれればいいわ。」
優しく笑うレイヤー。僅かに雨足が弱くなってきた。
瑠璃「(どうしよう…ロボトルっていったって私が荷物持つも面倒だし負けたらあんな事やこんな事もされかねない!)」
顔を真っ赤にしぶんぶんと首を振る。
ブラスト「はやくしたら?」
呆れながら呟く。
瑠璃「〜〜〜〜!そうだ!」
肩にかけていたバックから携帯電話を取り出す。開き、アンテナを伸ばし、番号を入力する。
神龍宅
リオン「くそ〜、暇で暇でしょうがない。」
作者みたいな奴だな。他の二体は相変わらず某ゲームを楽しんでいるようだ。
「りお〜ん!電話よ〜!」
一階からの声。母、有紗(ありさ)が呼んでいる。
リオン「…なんとぉー!」
猛ダッシュで階段を下りていく。母から子機を奪い取り、電話に出る。
リオン「はいー。もしもし。」
『あー、リオン?ちょっとこっちまで来てくんない?』
電話の主は瑠璃。
リオン「あー、分かった。で、何処に行けばいいんだ?」
瑠璃『えっと…駅前の通り。あの…そうポップマートの近くの。』
リオン「りょーかい。今からそっち行く。」
ピッという音とともに電話が切れる。
有紗「デート?」
うれしそうに子機を受け取る。
リオン「…違うよ。」
玄関で靴を履き、外に出る。が、雨が降っていることに気付き、傘を取りに戻ってくる。
瑠璃「あ、来た。」
息を切らしながら、紺色の傘を差して走って来たリオン。
リオン「はぁ…はぁ…なんで急に。」
息も絶え絶えに。膝に手をつき、中腰になる。
瑠璃「あの人とロボトって。」
レイヤーのほうを指差す。ちらとそっちの方を見ただけで、メダロッチを口元に持ってくる。
リオン「はぁ…知り合いか?…はぁ…」
メダロッチに向かってゲームをセーブするように呼びかける。
瑠璃「違うわよ。」
ぐっと、背筋を伸ばす。
リオン「まぁ、いっか。いくぜ!」
傘を投げ出し、両腕のメダロッチを、胸の前でクロスさせる。
リオン「リュー、ブレードウイング、転送!」
メダロッチから、光が撃ち出される。地面に当たると同時に、形を作っていく。
クワガタ虫を模した白いクワガタとカブトムシを模した蒼いカブトムシ。
傘が地に付くと同時に、完全に転送が終わる。
「アレが噂の…ま、行くわよ。ファントム!」
暗い色で塗装された、騎士。
ウイング「で、あのねーちゃんは誰なんだ?」
レイヤーのほうを指差し瑠璃の方を見る。
瑠璃「さっきレイヤーって言ってたよ。」
「そのロボトル合意と見てよろしいですね!?」
ちょうどレイヤーとリオンの間ぐらいにあったマンホールから飛び出してくる謎の物体。…レフェリーのMr.セロリ。
セロリ「これよりリオンさん対レイヤーさんの…と、リオンさん、どっち出すんですか?」
見れば相手はファントム1体。こっちはリューとウイングの2体。
リュー「どうする?リオン。」
リオンの方を見る、紅と緑の瞳。
リオン「そうだな…り…」
リューと言おうとしたがその前にレイヤーの言葉が入る。
レイヤー「2体でいいわよ。」
あっさりと言う。
セロリ「ええっ!?…それでは2対1でいいんですね。」
少しは驚いたが、落ち着き、話を進める。
レイヤー「ええ。その代わり、賭け品はそこのお嬢さんで。」
瑠璃「ええっ!?」
笑顔で答えるレイヤー。お嬢さんとは瑠璃の事。
セロリ「それではぁ…」
条件を承認し、右腕を勢いよく上げる。
セロリ「ロボトルファイト!」
チョップの如く振り下ろす。
リオン「リュー、ウイング!いつも通りで!」
交差したメダロッチから、指示を送る。
いつも通りとはリューがつっこみ、ウイングがそれを援護すると言うもの。
ファン「ふん…」
盾を構える。ウイングの放つ銃弾をそれで受けとめる。
リュー「はぁ!」
接近戦の間合いまで近づき、フォーバイスで突きを繰り出す。
それを盾で受けとめる。すると、盾が光り、リューのフォーバイスが砕け、右腕の色が灰色に変色する。…右腕、機能停止。
リュー「な…?」
リオン「リュー、一旦離れろ!」
眼前に繰り出されたランスをかわし、KWG特有の脚力で一気に距離を離し、塀の上に着地する。
リュー「何だアレは。」
ファントムは盾で防いだだけなのに腕が機能停止した。
リオン「多分反射だ。」
反射とは受けた攻撃を倍の威力にして攻撃した相手に返す、インチキくさいもの。
ウイング「どうする。」
銃撃を止め、指示を仰ぐ。
リオン「(このまま戦っても反射されるのは目に見えてる。盾さえどうにかすれば…)」
膠着状態。どちらも動こうとしない。
リオン「…!ウイング、レクリスモード!」
ウイングの両腕の甲のライフルユニットが肩に移動、肩のポットが腕を包む。膝を下り、足を回転させる。高速移動形態、レクリスモード。
リオン「リュー、乗れ。」
塀から、ウイングの背中に飛び移る。
リオン「突撃ぃ!」
全輪を稼動させ、雨の染み込んだアスファルトを駆ける。
ウイング「これが噂の合体攻撃か?」
ファントムまではそう距離がなくなってくる。
リュー「そうじゃないのか?」
あと少しというところで、リューが飛ぶ。ウイングが、ファントムの横を通りすぎる。
リオン「インテスビート、ウイング、反転!」
ウイングが、右の前腕部にブレーキをかける。そこを中心に反転。
リューが、インテスビートを構え飛びかかる。
インテスビートを繰り出す。盾で受けとめ、反射でその倍にして返す。インテスビートが砕け、リューの前腕部にヒビが入る、更に左腕機能停止。
ウイングの両肩からの射撃が、がら空きの背部に当たる。
最初こそよろけたものの、銃撃をたえているファントム。
リューをランスで弾き飛ばし、反転し盾で弾丸を弾き返す。
リオンの指示を受けノーマルモードに戻り、それを横に回転するような感じでかわすウイング。
腕こそ使えなくなったものの、まだ頭部と脚部が残っているリュー。
リオン「いっけぇぇ!」
ウイングが突っ込む。リューが、頭の角で、動きを止めようとする。
ファントム「…愚かな。」
ジャンプ。それだけであった。それだけで二人の攻撃をかわす。
リオン「高い…ウイング、反・応・弾!」
空中なら動きがとれないはずという読み、必殺の一撃の指示。
ウイング「これで…とどめだぁ!」
しっかりとターゲットをロックオンし、KBT型のシンボルでもある角から2つのミサイルを放つ。
反動で、煙が後頭部に向けて吹きぬける。
爆煙を上げ、空中のファントムに向かって突き進むミサイル。
レイヤー「反射。」
このロボトルでの最初であり…最後の指示がレイヤーから送られた。
盾で反応弾を反射。
先ほどとは全く逆に、地上の2体に向かって突き進む反応弾。
爆発音が響く。辺りが僅かながらも煙に包まれる。
そして、雨の中でもはっきり聞き取れるような高い音が二つ、響く。
機能停止。
セロリ「レイヤーさんの勝ち!これで勝本さんの身柄は彼女が預かります。それでは…シーユーアゲイン!」
どこかへ走り去っていくMr.セロリ。
瑠璃「リオン…」
うつむき、立ち尽くすリオン。雨が彼の服をどんどんぬらしていく。
レイヤー「私の勝ちね。神龍 リオン君。」
メダロッチに戻るファントム。
リオン「…ちくしょう。」
俯きながら呟くリオン。
レイヤー「それじゃ、彼女の身柄は預からせてもらうわよ。」
瑠璃の手を取り、連れていこうとする。
リオン「…あー、くっそー!負けちまった!」
地面に落としていた自分の傘を取り、叫ぶ。
レイヤー「…それほどショックではないようね。はい。」
胸元のポケットからカードを取り出し、リオンに投げる。
それを素手で受け取るリオン。
レイヤー「また勝負したかったら、そこに来なさい。もし私に勝てたらこの子を返してあげる。」
拳を握り締め、顔の前まで持ってくる。受け取ったカードがつぶれる。
リオン「次は負けねぇからな!」
それを聞き、嬉しそうに笑う。
レイヤー「楽しみにしているわ。神龍君。」
瑠璃の手を引っ張り、角に止めてあったワゴン車に乗せていく。
リオン「…立派な誘拐じゃないか?」
瑠璃を乗せて走り出す車。
それを見送るとウイングとリューのメダルを拾い、ポケットにしまう。メダロッチを操作し、機体をメダロッチの中に収納する。
リオン「…くそ。」
雨は、まだ降り続いている。