「どうするんだ?」
部費の余りと、全員分の旅費が合わないことが発覚した。
ほら言わんこっちゃない。
もちろんそんな作者の声も聞こえんわけだけど。


白きクワガタの伝説 Memory 18 開幕


溜息をつき、片手を額に当てて、もう片方の手…利き手である右手を電卓の上に載せている。
ハヤト「そうだな…流の分は要らないとして…」
一人分の旅費を電卓で差し引く。
流「流石にそれは止めてくれ!」
ハヤト「冗談だ」
流「お前が言うと冗談に聞こえねーよ」
抗議の声を無視。
旅費を戻し、部費の残高と比べてみる。
何度比べてもやっぱり足りない。
一年間で使える部費は決まっているため、こればっかりはどうしようもない。
まいったな、心の中でハヤトが呟いた。
龍祐「旅館の手配は出来てるんですか?」
電卓と部費の残りが散らばった机の上を見ながら言う。
ハヤト「ああ、向こうに叔母が旅館経営してるから無料で貸しきり状態が使える」
遊園地なんか行かなければよかったものを。
思っては見たものの楽しんだ手前そんなこと言えない。
かといって出すほどの所持金は今は無い。出せたとしても雀の涙程度。
リオンS「あのナンパ男は置いてったらどうだ?金持ちなんだし勝手に来れるだろ」
ナンパ男―――ショウのこと。
ハヤト「…それもそうだな。」
これであと5人分。
新幹線のチケットを手配するにはもうそんなに時間に余裕を持たせられない。
ハヤト「仕方ない…スポンサーに頼むか」
龍祐「スポンサー?」
聞き返した龍祐の言葉に「そう、スポンサー」とだけ答え机の上の荷物をサブバックにまとめだした。



ポップマート

リオン「いらっしゃいませー…って、なんだお前等ぞろぞろと…」
お客だと思って声を掛けたが、違っていた上にメダロット部野郎部員が4人入ってくる。
そのうちの一人、部長のハヤトがレジの前まで来るとこう言った。
ハヤト「アンタ、前にうちらのスポンサーだって言ったよな?」
ずい、とリオンに顔を近づける。
感情の読み取れない細い瞳を前に一歩下がる。
リオン「言ったっけ?」
ハヤト「言った」
リオン「言ったか?」
ハヤト「言った」
リオン「いわし?」
ハヤト「タイ」
リオン「ホントに言ったか?」
ハヤト「間違い無く言った」
目を細めて脇を見る。記憶を辿って見るときの彼の癖である。
ハヤト「確実に言った。だから交通費をくれ」
そんな彼に追い討ちをかける。
後ろで事の成り行きを見ている龍祐はなんだか上手くいきそうに感じた。
リオン「…事情が良くわからんがそれくらいなら…」
ポケットの中から財布を取り出す。
なんだかよく分からないがすっごく中身が充実して膨らんでいる。
どこまでだ?と尋ねるリオンに大阪まで、とハヤトが返す。
ふぅん…と流そうとして
リオン「大阪?!」
聞き返した。
ハヤト「そうだ、大阪」
頷いて遠くを見る。
それに合わせてリオンが同じ方向を見る。
きっとどこかにあるメダロットの星を指差して
ハヤト「甲子園大会に出るからな」
ああ、なるほど。
納得すると財布の中から十枚ほどお札を取り出す。
すべて五千円札、リッチなんだか違うんだか。
一応言っておくけどお礼ではなくお札ね。間違えちゃ駄目だよ―。
リオン「取り敢えず、これだけな。一応俺も見に行くから。…それと…」
お札と一緒に、黒い物を他の連中に見えないように渡す。
ハヤト「これは…」
それに見覚えがあり、なおかつその意味を理解できず目を丸くした。
リオン「甲子園大会だろ?だったらそれなりの装備で行ったほうがいいんじゃないのか?」
ウインクしながら。そしてその後にエクス用に改修を加えておいたからと言った。
その意味をなんとなくだが察して、そっと黒い物をポケットにしまった。
そうして、思ったことをボソリと。
ハヤト「自分が作ったソードシザースに自信が無いのか?」
う、とリオンが声を詰まらせた。



移動ちう。
横一列に座席を取り、左からミナ、龍祐、流。通路をはさんでハヤト、リオンSの順に座っている。
リオンS「で、何をもらったんだ?」
窓の向こうを見ながら言った。
現在新幹線の中。色々あったがなんとか全員向こうに行けるようになった。
部長としてのメンツも保ててめでたしめでたし。
ハヤト「これか?」
空色のYシャツの胸ポケットの中から、黒いメモリースティックを取り出して見せる。
流「あれか、新型とか?」
反対側から身を乗り出して流が言った。
ハヤト「新型じゃあ…ないな。前にも一度見たことあるからな」
なんだぁとがっかりして、通路の向こうの自分の席に座りなおす。
ハヤト「それに使わないだろ。今のままで大丈夫だし」
それだけ言うと、目を閉じて眠りに入る。
手が震えていて自分でも緊張しているのが分かった。
リオンS「ダメでも構わない、代わりはいるからな」
そんな心情を察してか否か、リオンSからそんな言葉が飛ぶ。
ハヤト「…そうだな。」
それだけ言うと、静かな寝息だけが返って来た。

各自の新幹線内の暇のつぶし方を紹介。
ハヤトは何やら思案に暮れている。
おそらく甲子園大会のことかと。もしかしたら今日の晩飯のことかもしれない。
リオンSはさっきから寝ている。
時々ぴくり、ぴくりと身体のどこかが痙攣を起こしている。
流は何やらわめきながら龍祐と楽しそうに会話をしている。
おそらくどうでもいいことなのだろうが龍祐にとってはそれが新鮮なのかうんうん頷きながら真剣に聞いている。
ミナは目が悪いのか、眼鏡を掛けながら本を読んでいる。
本の題名は…近代の闇商売。
時々口元を抑えて笑いをこらえているがどこが面白いのだろうか。



何事の無く無事に到着し、各自忘れ物が無いかチェックした後新幹線を降りる。
ハヤト「さて…行くか」
ぐるりと部員全員を見る。
リオンS、流、龍祐、ミナ。ナンパ男は別便でくるらしい。
皆、旅のお決まりの馬鹿でっかいバックを抱えている。
そんなかに着替えが詰まってるわけだが。
ローカル線に乗り換えて、叔母の経営する旅館に向かう。


目的の駅で降り、旅館へと徒歩で移動。
流「賑やかなところだなぁ〜ホント」
商店街を歩きながら流が感嘆の声を漏らした。
道にどこの店か分からない店員の声が響き渡りお客を集めている。
ハヤト「そうだな…」
正直賑やかな所は好きではないが、ここだけは違う。
活気があふれているからだろうか。
リオンS「あれじゃないか?」
正面に見える、大店の旅館。
間違いない。あそこだ。
旅館名「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」外からも分かるぐらいに、彼岸花が庭を飾っていた。



「いらっしゃいませー」
玄関を箒ではいていた女の子が客の姿に気付き声をあげる。
ハヤト「…これからお世話になる花園第三中学校のメダロット部です」
あ、お待ちしてましたーと陽気な声をあげるとメダ部御一行様を館内に案内する。
叔母「あらあらいらっしゃいハヤトちゃん」
館内からまたも陽気な叔母さんの声が聞こえる。
他の部員は気付かなかったがリオンSにはぴくり、とミナの眉が動いたのが見えた。
だが敢えて無視。君子危うきに近寄らず。
ハヤト「しばらくお世話になります」
叔母「はいはい、よろしくねーみなさんこちらへどうそ靴はそちらに置いてください」
靴を玄関脇の棚に置き、重いバックを引きずりながら部屋に向かって歩き出す。
野郎は2階の質素な広い部屋に案内され、ミナは一人用の高級そうな部屋に案内された。
男子部員どもは荷物を置いて、クーラーをがんがんに効かせながら寝そべっている。
真面目な龍祐と、メッチャ緊張しているハヤト以外。
ハヤト「…えくすカリばー、転送」
微妙に発音が変になりながら、エクスを転送。
光の塊から白のクワガタとなり、着地。
両手を上に上げて伸び。
エクス「ふぁー、疲れたー!」
どっかにでていこうとするエクスを取り押さえる。
ハヤト「機体の最終チェックをするぞ」
その言葉に、エクスが不満そうに目を細めて抗議の声をあげる。
エクス「お前そう言って出発前に3回ぐらいチェックしてたじゃないか」
ハヤト「しかし、万が一と言うことがあるだろ」
エクス「そう言って何回もやったじゃないか!」
ハヤト「しかし…」
それでも食い下がる。
エクス「あーもう、分かった分かった!好きなだけやれ!」
そして折れるエクス。
メダルハッチを開けてメダルを外すように促す。
震える指で何とか外して、メダロッチに入れようとして畳の床に落とした。
ちゃりん、という独特の音が響く。
お金と勘違いして、だれてた流が顔を上げた。
ハヤト「あ…」
落ちたクワガタメダルを拾い上げて、胸ポケットに入れる。
龍祐「大丈夫ですか?」
ライトの整備をしながら龍祐が尋ねる。
ハヤト「ああ、大丈夫だ」
それだけ返して、後の言葉が続かない。
作業も指の動きがいつもより悪く、時間が掛かる。なんどもドライバーを取り落とした。
最後のパーツの整備が終わった頃には、窓の外ではすっかり日が暮れていた。
指の震えは収まっていたが、どうにも胸の中の不安な感じは拭いきれない。
「あの…食事のお時間です…」
電気もつけず、暗い部屋で黙々と作業を進めてたせいか呼びに来た子がかなり不安がっている。
ハヤト「あ、今行きます」
整備の終わったエクスの身体を置いて、部屋を後にした。
数秒のち、寝てた流が飛び起きて慌てながら追いかけてきた。
あとの三人はもう行ったらしい。



料理の味もろくに分からないまま食事も終了し、部屋に戻る。
ファイアの整備はもう済んでいるので特にすることは無い。
なので、部屋の中を少し見回してくるりと反転。
リオンS「どっかいくのか?」
流「旅館内をほっつき歩いてみるわ」
リオンS「寝る時間ぐらいには戻ってこいよ」
わかったよ、と残し部屋を出る。
階段を下りて中庭の見える廊下に出た。
貸しきり状態のため、誰ともすれ違わない。
求めていた外の景色が見える場所についた。
左右を見て誰もいないのを確認してから縁側に腰を下ろす。
庭に咲く紅色の彼岸花。
紅い海のように咲き誇っている。
大きな石で区切られたこちら側には砂利が敷き詰めてあり、それがいっそう高級感を掻き立てている。
流「へぇ…綺麗だなー」
思わず呟く。
ファイア『なー、明日って出番あるのか?』
左腕につけたメダロッチから声が響く。
タイミングの悪さ…いや、もしかしたら話し掛けるときを待っていたのかもしれないが。
ロボトル時と同じようにメダロッチを構える。
目を閉じれば、少し前まで忘れていたロボトルの興奮が蘇ってくる。
流「ないと思う。だけど…」
ファイア『だけど?』
流「ハヤトがあんな感じだからなー。ちょっとは出番あるかも」
ファイア『どっちだよ』
流「わかんねーよ」
そう言ったきり、何も言わず部屋へと歩き出した。
風呂に入ろうと思ったので。
部屋に戻って自分の着替えをスポーツバックから取り出す。
タオルと下着、パジャマ。
それらを取り出して風呂に向かう。
そこの廊下で、先ほど話に上った人物を見つけた。
流「よぉ、風呂ってこの先だよな」
ハヤト「ああ、そうじゃないかな」
答える声には覇気がない。
見るからに不満げな顔になり
流「むぅ…」
思わず声を漏らし、右手を振りかぶる。
流「必殺、気合注入!」
思いっきりハヤトの背に平手を叩き込む。
ぱっちーんと小気味のいい音がした。
受けた相手は運悪くバランスを崩して
ハヤト「ひぇぶ!」
顔面から廊下に突っ込んだ。
慌てて起き上がり抗議の声をあげる。
ハヤト「なにするんだコンチキショウ!」
強かに打ち付けた鼻を押さえている。
流「ほら、なんか元気なかったから」
後頭部をかきかきしながら流が答えた。
何か言おうとして、それをやっぱり止めてむすっとした顔になって
ハヤト「…お前には関係ないことだ」
踵を返して部屋の方に歩いていった。
ハヤトの姿が部屋の中に消えたのを確認してからくるりと反転して風呂に歩き出す。
流「こりゃ…明日は荒れそうだな」
静かに漏らした。


曼珠沙華の前の自動販売機の前に立つ影が一つ、リオンS。
ぴ、とボタンを押す。
出てきた飲料水はコーラ。
「そのジュースは骨を溶かすんですよー」
プルタブを開けたとき炭酸の抜ける音と一緒にその声が響く。
リオンS「実際「俺の骨が溶けたーッ!!」て奴は今まで見たことがないぞ」
そう言ってからコーラを飲む。
龍祐「そうですね、前の落語の講習会ではコーラ飲んで酔っ払った人がいたって言ってたのですが」
笑みを浮かべながら答える、
リオンS「それは…当時はコーラは貴重なもので変な噂が流れてたからだろ?」
対するこっちは眉間にしわを寄せる。もう一口コーラを飲む。
龍祐「あ、ちゃんと聞いてたんですか」
意外、と言った表情をとる。何を思っているのかすぐに分かっちゃう危険性大。
リオンS「たまには聞くさ」
そこで、会話が途切れる。
間を持たせるためにコーラを飲み干す。
リオンS「で、何か用か?」
そう言われて、やっと本来の目的を思い出した。
龍祐「明日のスタメンはウイング、エクス、ライトだそうですよ」
リオンS「またリーダー機か」
空になった空き缶をゴミ箱に捨てる。
龍祐「一番長い間起動してますし、熟練度も高いですからね」
リオンS「そりゃそうなんだが…」
上を見上げる、2階の窓から外を見てたミナと目が合った、軽く手を振る。
リオンS「甲子園に出てくるだけの連中なんだから一筋縄じゃ行かないだろうな」
龍祐「そうですね、頑張りましょう」
リオンS「ああ」
それを言って旅館に戻っていく龍祐。
リオンS「さて、俺も寝るかな…」
一度後ろを振り返って何もいないことを確認すると旅館に向かって歩き出した。

ミナ「大丈夫かな…」
眼鏡をかけて書物を読みながら呟いた。
彼女以外にこの部屋には人間はいない。
『なにがー?』
メダロッチから声が聞こえる。
ミナ「あぁ、ハヤトちゃんのこと。いつもね、目標まで進んでて目標寸前になると急にプレッシャーに弱くなるの」
『へぇー』
ミナ「だからこっちに来るときすごい緊張してたみたい」
『ふぇー』
ミナ「ちゃんと聞いてる?聞いてないって言ったらドライバー刺すよ?」
『き、聞いてます聞いてますよ!』
慌てるような声、さっきの間の伸びた声とは違ってかなり焦っている。

そして…夜はふけていく。



ローカル線を乗り継いで、甲子園球場についた。
予め渡されていた地図で選手用入り口から中に入り、煩瑣な手続きを済ます。
ルールは地区大会とほぼ一緒。
開会式もあったが特に面白いものもなく、省略。

花園三中の試合は初日の第3試合。
まだ時間的に余裕があるがそれまでの間試合を見て時間を潰すことにした。
リオンS「…ハヤト?」
開会式の後からずっと何も言葉を発していないハヤトを疑問に思って顔を覗き見てみる。
顔面蒼白、と言うのがふさわしいのか瞬きの一つもしなさそうである。
リオンS「流」
流「んぁ?」
イカ焼きを頑張って食べていた彼に向かって声をかける。
リオンS「気合注入だ」
流「おぅ」
イカ焼きを右手から左手に持ち替えて、隣に座ってるハヤトの背中めがけて平手を叩き込む。
やっぱり反応なし、困った顔をする両者。
「ここは、俺の出番のようだな!」
龍祐でも流でもリオンSでもない声が響く。
流「いたのか、金持ち」
驚いた様子も見せず、振り返る。
ショウ「針志麻さん、ちょっと相談が…」
ミナの耳元でぼそぼそ何か呟く。
呼び方変えたんだ、と龍祐が心の中で呟いた。
相談が終ったようで、ミナが行動に出た。
ハヤトの耳元に口を持っていき…何かぼそぼそと呟く。
流にはその内容が”いいかげんシャンとしねぇとヌッコロすぞ”と聞こえたような気がしたが無視することに決めた。
それを聞いたハヤトの顔がますます青ざめてガタガタと震えだした。
リオンS「…ちょっと用事を思い出した」
龍祐「僕も」
流「奇遇だな、俺もだ」
三人揃って席を立った。
同じ行動でメダロッチを見る。
全部同じ時間を指していた。
リオンS「流、イカ焼きはどこに売ってた?」
流「ああ、案内するよ」
龍祐「僕もついていきますよー」
何故かハヤトから避けるようにして屋台へと向かっていったのであった。


時間がきて、選手控え室に移動する。
メンバー表を審判に渡して、一息ついてベンチに腰掛けた。
リオンS「ハヤト、大丈夫か?」
ハヤト「…ああ、大丈夫だ」
あまり大丈夫ではなさそうな声で答える。
龍祐「全体の指示は任せますよ」
ハヤト「分かってる」
龍祐「うん、じゃあ行こう」
太陽の光が差し込む、グラウンドに顔を向ける。
薄暗い通路を抜けて光が差す方へ。


一歩一歩、とてもその脚が重く感じる。

数段の階段を上りきり、太陽の下へ。

割れんばかりの歓声、こういうときこそ。

甲子園に来たって実感できるじゃないか。

なあ、ファイア。



ぐーぱーを繰り返して動きを確認する。
何度もバラされたけど、大丈夫。
両手両足ちゃんと動く。
エレメンタルは使わないというのもお約束。防具としては使うけど。
エクス「大丈夫だな」
ウイング「………」
ハヤト達がいる指示塔の方を見て動かないウイング。
エクス「どうした?」
ウイング「ああ…ちょっと」
そう言ってウイングが右後ろへ下がる。
ウイングの背にはX字のバインダーは外されていて両肩にエアーブースターのポットがついている。
ようは、「翼のメダロット」の状態に戻ってるということ。
ライト、エクス、ウイングの順で逆V字に立つ。
相手側は、トレミック、ブラックレスター、ラ・ア・ゲダマー。
リーダー機はトレミックのようだ。
「ロボトルー」
すぅー、と息を吸い込む音がエクスの耳に聞こえてくる。
誰のかはすぐわかる。
野郎のよりも乙女の仕草だったらいいのになとちょっと遙を恨んでみた。
『ファイト!』
ウイング「いっけ、エクス!」
先制の牽制射撃。
身動きを取らせないうちに格闘型のエクスの得意間合いへと詰めさせる。
ハヤト『エクス、オウギー展開!右にシールド!』
いつもと全く逆の指示、そもそも右じゃオウギー展開する意味がない。
指示が出てくるのもいつもより遅い、戦闘前に言うものなのに。
ビームソードを伸ばして、背に掛けていたシールドを右に持つ。
トレミックの弾丸をシールドで受ける。
これくらいなら何ともない。
エクス「ハヤト、指示を!」
ハヤト『お、おう!エクスはトレミックに攻撃、ライトはブラックレスターを牽制、ウイングはエクスの援護とアゲダマーを!』
言われてからじゃないと気づかないのか、緊張してるからなのか指示が遅れる。


リオンS『射撃じゃだめだ、格闘で一気に沈めるぞ!』
コントロールタワーにいるリオンSからの指示。
撃つ弾丸がアゲダマーによって無効化される。
このままでは弾と時間の無駄遣いのほかに何もならない。
ウイング「あいあいさー」
バックステップでトレミックの弾丸をかわし、肩のエアーブースターを開く。
ウイング「とっつげーきっ!ファルコンアロー!」
宙に浮いた状態から弓を引くような胸をそらす体制へ。
獲物を視界に捕らえ、引いた腕を突き出す。
直線的ゆえに威力を高めるリフレクトシールドの防御力を攻撃に生かした突撃。
風を切る音が耳に入ってくる。それだけの速度で飛んでいるということか。
しかしまぁそれも軌道さえわかれば避けれるわけで。
ギリギリのところでアゲダマーが横にずれる。
急な方向転換はできないため、避けられた。
そのまま後ろの飛び去っていく。
無理矢理上下逆転状態で振り返り、一斉射撃。
右腕と反応弾はアゲダマーに。
左腕のマシンガンはトレミックに。
だだだだだ、と断続的に響く。
反動で飛行距離を伸ばしていたのだがそれも限界なようで、右腕を伸ばして地面につける。
そのままくるりと直立状態に戻る。
そしてライトのほうへ向かっていくアゲダマーへ飛ぶ。
ウイング「逃がすかよッ!」
両腕を光に包み、飛んだ。


ブラックレスターのビームをシールドで防ぎ、トレミックの銃撃を脚力でかわす。
接近する隙ができない、流石は代表だ。
ライトの銃撃を避けながら、ブラックレスターがビームを放つ。
リオンS「ハヤト、どうする!」
ハヤト「………」
リオンS「おい、ハヤト!」
ハヤト「…!なんだ?」
リオンS「だから、どうするんだって!」
ハヤト「…どうするか…エクスを下がらせないと…」
ぶつぶつとぶつやいて、現状確認。
ここは格闘のエクスは歩が悪いと判断。
軽さを求めるために対射撃トラップ外してしまったし。
現在の控えはミナ、流、ショウ。
龍祐「指示は?」
ちらり、と龍祐がハヤトの方を見る。
ハヤト「ライトとウイングでレスターとトレミックを」
神妙な面持ちで指示を出す。
リオンS「分かった」
龍祐「やってみます」
それぞれ、自分の愛機に指示を出す。
飛んでいたウイングはアゲダマーを殴り、そのままの勢いでエクスまで飛ぶ。
ライトもエクスの元に飛ぼうとするがレスターが道を阻む。
ライト「邪魔だ!」
そのまま重量を威力に変えてタックル。
よろけたレスターを視線で牽制しながらエクスの前にステップで向かう。
ウイング「だいじょーぶか?」
マシンガンでアゲダマー牽制しながらエクスの横にステップ。
エクス「今は何とか」
盾でトレミックの弾丸を防いでいる。
リオンS『ウイング、右に緊急回避!』
ウイング「!」
突然の指示、視界に入ってるトレミックもアゲダマーも大きな行動には出ていない。
残るは一方、レスター。
リオンの指示を聞いてエアーブースターで緊急離脱を図り、閃光を回避した。
しかし、その光の向こう。
後ろからの攻撃に察知できなかった者が。
吹き飛んだ。

ハヤト「エクス!」
指示が出せなかった、完全に見えていなかった。
リオンS「馬鹿野郎!ちゃんと指示をしろ!」
キッ、とリオンがこっちを睨む。
しょうがないことだ、すべて自分に否がある。
だから
ハヤト「………すまない…」

謝ることしかできない。

いつもこうなのだろうか。

肝心なときには誰の役にも立てず、足を引っ張るだけ。

握っていた拳を解いて

構えていたメダロッチを下ろす。

それで、終わり。

エクス『ハヤトォォォォォ!!』
下げたメダロッチから声が響く。
構えようかと悩んで、やっぱり構えた。
エクス『まだ終ってねぇぞ!指示を!』

終ってるはずなのに…

なんで指示を出そうとしてるのだろう。

なんでエクスカリバーをみているのだろう。

分からない。

分からないけど…

ハヤト「シールドを地面に刺して、飛べ!」

今はやることをやるだけだ!


ビームをシールドで辛うじて防いでいたが、完全に防いだのではないため右腕に支障が出た。
腕の甲がひしゃげ、オウギーが出せない。
握力も少し怪しい。
流れたビームが角を掠めて索敵に支障も出ている。
吹っ飛んだときに無理な姿勢で着地したから脚部も結構酷い状態になっている、人間で言うとこの重度の捻挫といったところか。
それでも。
信頼できる人間の指示がある。
シールドを地面に突き刺し、トレミックの弾丸をそれで受け止める。
ハヤト『跳べッ!』
盾を踏みつけ、天に飛ぶ。狙う先はもちろんトレミック。
ハヤト『ウイング、ライト!任せた!』
空中一回転、左腕のビームブレードが弧を描きトレミックの頭部に肉薄する。
ビュウン、とビームブレードの振り下ろされる独特の音。
外れた。
しかしコレも読みの通り。
大振りで隙のできたエクスをトレミックが狙う。
そこへ飛ぶウイングの放った反応弾。
攻撃を中断し後ろへ下がりながらそれを銃撃で打ち落とす、流石といったところか。
まだ、終らない。
もう一つの止めへの布石。
打ち落とした反応弾の爆炎に包まれるトレミック。
そこへ伸びるライトニングの頭部行動、アペンディスターより放たれた極太の閃光。
爆炎を切り裂き、その向こうにいるはずのトレミックへ迫る。
ハヤト『いっけぇぇぇぇ!』
エクスが風の如く疾り、光の通り抜けた向こうへ翔ける。
レスターもアゲダマーも動けない、ライトとウイングが止めている。
任せたと言う言葉に託された行動。
エクス「そこかッ!」
爆炎の向こう、やはりライトのアペンディスターは外れていた。
トレミックがこっちに銃口を向けている。
刹那、視線が重なる。
周りとは完全に遮断された世界。
紅の瞳と碧の瞳が獲物を捕らえる。
エクス「皆が手伝ってくれたんだ…これで仕留める!」
トレミック「させない、私たちだって負けられないの!」
弾丸が放たれる、頭部を狙った正確な射撃。
ビームブレードを盾代わりにして、当たる前に弾丸を溶かす。
一歩の踏み切り、もうそれで得物が届くほどの至近距離に近づけた。
右足を踏み込む。
ビュウン、とブレードが横薙ぎに疾る。
一閃、まだ決められない。
エクス「うおおおおおおおおおおおおおッ!」
咆哮、更に左足を踏み込む。
振りぬいた左腕を今度は逆に引く。
慣性の法則のおかげで腕が千切れそうなほど痛い。
それでも構っていられず、腰を振り抜き腕を無理矢理引き戻す。
完全に斬れる距離。
取った、その思考の一瞬を作らない。リューの教え。
トレミックの身体にピンクの光が疾る。

一閃

勢いを止めるために右足を踏み出し、左から右へ振り返した構えのままエクスの動き止まる。
爆炎が晴れ、観客にも戦闘が終わったその場が写る。
ハヤト「…エクス?」
一向に動かないエクスに不審になって声をかける。
エクス『野郎…いや、女だから女郎か…』
握っていた拳を解いて右腕を下に向ける。
エクス『間接部に打ち込みやがった…腰と左腕に…』
そこでやっと分かった、エクスは『動かない』のではなく『動けない』と言うことに。
ハヤト「流石だな…」
そこで、気が付いた。
自分達が勝ったということに。
妙な高揚感が沸いてきた、喉に違和感が起こる。
ハヤト「……か、勝ったのか…」
やることを終えたら、また緊張にも似た感覚が戻ってきた。
リオンS「だな、リーダー機倒したから」
ウイングにエクスを引っ張ってくるように言うとメダロッチを下ろす。
リオンS「その緊張癖を直すのが今後の課題だな、部長」
ハヤト「…ムゥ」
眉間に皺を寄せて、メダロッチを下ろした。
コントロールタワーからトントンと音をたてて数段の階段を下りる。
流「おつかれー、ハヤト緊張してたんだったら俺と変わってくれりゃー良かったのに」
ハヤト「…お前に任せると今のより大変なことになりそうだ」
流「ひっでー」
苦笑いをして流が冗談を返す。
その後後から降りてきた龍祐に声をかけてるようだ。
ミナ「おつかれさま」
差し入れ、と言った感じにタオルを差し出してくれる。
ハヤト「ああ、疲れた」
ありがたく受け取り額の汗を拭う。
ショウ「なんなら俺が変わりに出てもよかったのに」
ニヤニヤ笑いながら軽口を叩く。
ハヤト「お前らに任せるほうが怖いぞ」
ショウ「…やなヤツだ」
顔をしかめながら呟いた。
ハヤト「精神が磨り減ってやっと冗談が吐けるようになったんだよ…」
ウンザリしたような表情でハヤトが返す。
ショウ「苦労してるな」
ハヤト「ああ、全くだ」
溜息をついてから、ウイングが担いできたエクスの元に向かう。
ハヤト「おつかれ、エクス」
エクス「この上がり症め、びっくらこいたぞ」
ハヤト「…悪い」
エクス「まぁ、いいや。勝ったんだから明るくいこうぜ!」
雰囲気が暗くなったのを察してかわざと明るく言う。
ウイング「重いからそろそろ変わってくれ」
そこでやっとエクスを背負っていたウイングに発言権が回ってきた。
ハヤト「おおすまない」
例を言ってエクスを受け取る。
荷物がなくなった当人はマスターの元へ向かったようだ。
エクス「強かった」
ハヤト「そうか」
ちゃんと背負えたので、先に行った部員たちを追うように歩き出す。
エクス「技術的に見えない部分が凄かったな、貴重な体験だった」
ハヤト「次は今よりもっと強い敵が出てくるぞ」
少し上を向いた。
観客が拍手を送ってくれた。
恥ずかしくなって視線を前に戻す。
エクス「なるようになれだ」
ハヤト「ああ」

選手控え室に戻る。
エクスをベンチに下ろして症状を見てみる。
間接部のダメージはそれほど大きくはなく、ちゃんとした機材があればすぐに治りそうだった。
とりあえず、メダロッチの中に戻しておく。
控え室に置いておいた荷物を片付けて次の学校に部屋を明渡す。
リオンS「次はいつだ?」
ハヤト「2日後だな」
入ってきた次の学校の生徒に軽く挨拶をしながら部屋を出て選手用通路から外に出る。

太陽の下に照らされながら、とりあえず駅へと歩く。
流「なにか食いに行こうぜ!」
突然の提案。
ハヤト「ああ、それも悪くないな」
龍祐「お好み焼き食べてみたいです」
ハヤト「そうだなぁ…曼珠沙華のとこに一軒あったな」
緊張してたのにこんなどうでもいいことは覚えてるんだなぁと自分に感心してみた。
ショウ「じゃあそれにしようぜ」
ミナ「早くいこ!」
適当に返事をする。
メダロッチを見てみると12:36分を指していた。


お好み焼きを食べてから曼珠沙華に戻るとやたら歓迎された。
なんでも止まっていく学校は大抵一回戦負けなのでそのジンクスを払拭できたのだそうだ。
対応は流に任せて、いち早く部屋に戻る。
我ながら忙しいとは思うが、何か不安な気持ちのようなものが込み上げてきた。
不安を払拭するために一刻も早くエクスカリバーの身体を直しておきたい。
緊張が消えていたのは、まだそのときは気付かなかった。


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