普段のクールな顔つきはどこに行ったのか、手に持った封筒を見てニヤニヤしている男。
メダロット部の部室の前まで来ると「フッ」とクールに笑い、思いっきりドアを開ける。
ハヤト「部費が下りた!みんなで遊びに行くぞ!」
部員一同がハァ?といった感じで彼を見た。
ハヤト「だーかーらー、臨時で部費が下りたんだよ!みんなで遊園地にいくぞぉ!」
それを聞いて浮かれている流以外のメンツが思っていたことを龍祐が代表として、口にする。
龍祐「そんなこと言って、今度の旅費は足りるんですか?大阪まで、6人分ですよ?宿代も入りますし。」
正しい選択ではある。しかしハヤトは聞く耳持たない。
ハヤト「場所は中楽園遊園地、今度の日曜の午前十時、正面入り口前だ!」
浮かれている流がビシッ!といった感じで手を上げる。
流「宇宙食はおやつに含まれますか?」
それを聞いてハヤトの表情は見る見るうちに変わりげんなりとしたような表情で、手で”しっしっ”と追い払うような仕草を取る。
ハヤト「…もういい。お前来るな。」
流「また俺はじかれもの!?」
あいたぁ、といった感じで額を押さえる。
リオンS「まぁ、たまには良いか。」
どうでも良いといった感じで、承諾する。
龍祐「…しょうがないですね。」
まぁ、決まったんだからしょうがないといった感じである。
−日曜日、中楽園遊園地−
ハヤト「おっし、みんな揃ったな!」
いつの間に買ったのか、ハヤトの手には六人分の一日無料券が握られている。
リオンS以外のみんなはもう長袖に身を包んでいる。もう、そんな時期である。リオンSは、半袖。
リオンS「よくそんなに張りきれるな…」
呆れ半分で呟き、空を見上げる。快晴とまではいかないまでも、晴れた空。
ハヤト「んじゃ、いくぞ!」
意気揚々とGOサインを送る。
ショウ「券がないと俺らは入れないぞ。」
うっかり。そんな言葉か今の彼にはぴったりである。
ハヤト「あ。」
慌てて全員に配り、再びGOサインを送る。
ハヤト「けふは自由行動なり!誰と組んでも自由!行くぞミナ!」
ミナの腕を引っ張り、意気揚々と人込みの中へ消えていく。
流「…いくか、龍祐。」
龍祐「…なんで僕と…。まぁ、いいですけど。」
一人で歩いているのもなんなので、流といくことに。
因みにショウは速攻でどこかに消え、リオンSはベンチに座ってだれている。
―観覧車―
ミナの提案により、最初にコレに乗る事に。こころなしかハヤトの顔が青い。
係員の案内に従い、ゆっくりと乗りこむ。
両方の椅子に座り、バランスをとる。次の観覧車に、ばれない様に龍祐と流が乗りこむ。
だんだんと高度が上がっていく。それに連れてハヤトの顔がだんだんと青ざめてくる。
ミナ「ハヤトちゃん、いい景色だよ。」
ハヤト「…お、おう。」
浮かない表情で返事を返す。鋭い読者はお分かりであろうが彼は”高所恐怖症”なのである。
ミナ「ちゃんと景色見てる?」
それを知ってかしらずか、聞き返す。
ハヤト「…おう。」
返事はするが、実際は下を見ている。
ミナがぷくうと頬を膨らませ、ハヤトの顔を両手で掴む。
そのまま無理矢理顔を上げさせ、「ゴキッ」という音と共に右のほうに向ける。
ハヤト「いてぇ――――――――――!」
叫び声が辺り一面に響いた。しかも高いとこなので余計よく響く。
後ろに乗っていた流と龍祐は事態を察知し、耳を塞いでそれを耐えた。
リオンS「何やってんだあいつ?」
地上からハヤトの叫び声を聞き、めんどくさそうに首を上げた。
太陽の光が目に入り、目を細める。
リオンS「眩しいなぁ…」
当たり前の事を呟く。視線を下げ、辺りを見まわす。
目の前を走っていく金髪をショートカットにしたの女子中学生に視線が行く。
やや早歩きで歩き、10月だというこの時期にアイスを舐めている。
リオンS「寒くないのかねぇ…」
あんたも人の事言えないでしょ。半袖なんだから。
ゆっくりとベンチから立ち上がり、ふらふらと歩き出す。
入場口で貰ったパンフレットを見た限りでは面白そうな物など無く、どこでもいいのでぶらぶらしようと思った。
リオンS「さて、どうしたものかなぁ。」
左腕につけた、メダロッチを見る。部のメンバーと別れてからそんなに時間は経っていない。
ウイング『お前は誰も一緒に行動する相手がいないのか?』
メダロッチを通しての、ウイングの声。
因みにメダロッチにメダルを入れては無く、ウイングは他のメダロット達とお留守番。リオンはバイト。
それを聞いて一度は目を離したメダロッチを眉間に皺を寄せて睨み、開いている右手で電源を切った。
そして「はぁ」とため息をつくと、額につけていたゴーグルを、首元まで下ろす。
リオンS「乗る物なんて、無いしなぁ…」
もう一度空を見上げた。よく、晴れている。
ショウ「ねーねー、そこで一杯お茶してかない?」
自分より1つか2つぐらい年上の女性に声をかけるも全く相手にされない。
ショウ「…あいつに負けたのは痛いかな…ミナちゃんもかなりの…あ、お嬢さん一緒に…ってちょっと無視しないで!」
…ずっとこんな感じであった。帰る時間帯になるまで。
龍祐「あ…次は何に乗るんだろ?」
流「ありゃあ…ジェットコースター…だな。」
ずるずるとミナに引きずられるハヤト。半ば放心状態。
その先は流が呟いたようにジェットコースターへの昇降用のゲートが有った。
かんかんと階段が音を返す。昇り切り、ミナが係員に2人分のチケットを見せる。
そして、ジェットコースターの椅子に座った。
がこん、ちょうど彼女達が最後の客だったようで、セットアップが終わり動き出す。
がたがたがた。
山形のレールの上に昇って行く。その様子をほぼ同じ動きで見ている二人。
口裏を合わせたかのように同時に耳を塞ぐ。
悲鳴。聞こえはしなかったが二人にはそれが聞こえたような気がした。
リオンS「…何やってるんだ?奴は。」
再び悲鳴が聞こえた方に顔だけを向ける。
相変わらず暇を持て余し、ぶらぶらとそこらへんをふらついていた。
先ほどアイスを舐めていた少女が、人混みの中に紛れてこっちに来るのが見えた。アイス二本目突入。
自分が目当てではないのは目に見えていたので丁度目に入った売店へ向かって進行方向を変えようとした時、
どん。
腕に何かが当たった。それが人の肩だと分かり尚且つこけるという事を瞬時に理解していた。
しまったと思い慌てて振りかえって倒れかけていた人物の首元…襟に思いっきり手を伸ばす。
適度の重さを感じたあとそれは動きを止めた。そのまま引っ張り上げ、直立状態に戻す。
「ありがとうございます!」
礼の言葉を聞くよりも速く売店の方へ歩き出す。
右手をひらひらと振り礼に答えるとその人物から離れる…はずだった。
「ちょっと待ってくださいよぉ〜」
情けない声を出して後ろからついてくる。
無視を決め込みどんどん進んでいくリオンS。
しばらくその状態が続き、やがて痺れを切らした少女がリオンSの背中に向かってスパートをかける。
勢いを乗せて、殺人タックル。
それを察知し、神業的に避けきる。
目標物を失い、バランスを崩してまたもやこけそうになる少女。
先ほどと同じように首元を捕まれる。
リオンS「一体何のようだ?」
思いっきり引っ張り上げ、呆れ気味に尋ねる。
少女「えっとですね―、転びそうになったのを助けていただいたお礼がしたいんですよ―。」
陽気に返す。
リオンS「却下。」
首元を掴んでいた手を離し、また売店の方に向かって歩き出そうとする。
少女「ちょ、ちょっと待ってくださいって!」
慌てて呼びとめる。半ば諦めて振りかえるリオンS。
リオンS「もう付いて来ないでくれよ。」
少女「いやいやいやいや、ここはお礼の一つでもしないと女が廃れるってものですよぉ。」
リオンS「いいよ、廃れて。」
眉間に指を当てる。心の中では早く終わってくれと呟きまた歩き出す。
しかしそんな思いも虚しく、食い下がってくる。
少女「そんな滅相もないこと言わないでくださいよ〜」
いいかげんしつこい。
そんなことを心の中で呟いた時、ある考えが彼の中で浮かんだ。
リオンS「(…これは新手の刺客なのか?)」
少女はメダロッチはつけていない。
しかし、今の便利な世の中メダロッチが時計の形をしているとは限らない。
現に、自分のがそうである。
そう考えるとなんだかとっても回りの人がデンジャラスに感じてきた。
自分にしつこくくっついて来るこの少女など特に。
逃げるか?
自問する。しかし答えはNo。
先ほどのやり取りから考えて逃げ切れる可能性は低い。
ひょっとして四面楚歌?
リオンS「…貴様の狙いはなんだ!?」
声を荒げて後ろにいる少女に向かって叫ぶ。
少女「だからお礼がした…」
この人大丈夫かな?といったような怯えるような声。
リオンS「そうじゃない!本当の狙いはなんだ!」
振り返り、少女を睨む。その目に殺気が篭る。
少女の身体が跳ね上がり、俯いて肩を震わせる。
まずい。
天性の勘でそれを直感した。
何が起こるか察知した彼はテロリストだと思って射殺した相手が実は一般市民だったといった時のような様子で酷く狼狽した。
少女「わあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
泣き出した。
予感が当たった。
泣きたいのはこっちである。
そして少女は速射砲のように言葉を繰り出す。
少女「いくらなんでもにらむことはないじゃないですかそりゃあわたしがついてってじゃまかもしれませんけどそれはせんぱいがさびしそうだったからなんですよわかってくださいよわたしががくせいふくだからってばかにしないでくださいよねぇ!」
何やら関係無い容疑までかけられている。
しかも周りからジト目で見られる。
流石に世界水準以下の良心でも痛みまくる。
リオンS「わ、わかった。俺が悪かったから泣くな!ほら、飴やるから」
慌ててポケットに手を突っ込む。残念だが飴の持ち合わせは無かった。
だが少女はそれで泣き止んでくれた。
少女「じゃあ一緒に行きましょ。」
目を押さえてた手を離す。
そこで気付いた。ざっつウソ泣き。
少女「それじゃ行きましょ。せ・ん・ぱ・い」
やられた。そんな言葉が表情にも態度にも出ていた。
ウイング『がんばってね、せ・ん・ぱ・い』
なんで聞こえてるんだよとリオンは心の中で突っ込んだ。
生憎読心術を心得ていないウイングにはそのツッコミは聞こえなかった。
ハヤト「ゔ〜酷い目にあった…」
青い顔をしてベンチで項垂れている。
空いているおかげで散々絶叫系アトラクションに乗せられていたのだ。
その先でミナが好奇心で黒いその目をくるくるさせながらいろいろと商品を見ている。
ハヤト「(俺のポケットマネーだよな…こういう場合は)」
流石にこれまで部費で落とすわけにもいかんだろうに。
ポケットから自分の黒い財布を取り出して、中身を確かめる。
この間溜まっていたパーツを売り払ったのでなんとか懐は暖かい。
よし、と呟くと立ち上がる。が、すぐにふらふらとよろける。
ザッツ立ち眩み。
全然心配してなさそうにミナが大丈夫?と聞いた。
ここは男の子、ホントは辛いのだが大丈夫。と答えた。
そして
ハヤト「欲しいものがあったら俺の買える範囲なら買ってあげるよ」
と言ってみた。
買える範囲と付けないとミナはどんなものを選んでくるか分かったものではない。
ミナ「これ!」
すらりと伸びた白い指差す先、一抱えほどもある大きな黒猫のぬいぐるみがある。
黄金色の瞳、首にかけてる蝶々結びの赤いリボン。
どっかで見たことがあるような気がしたが敢えて無視。
ハヤト「こいつだな?」
ミナがこくりと頷く。
値札を見ると…
良かった、なんとか買えそうである。
ミナ「狩ってくれるの?」
漢字違う。
ハヤトがおうさぁと答えて、それを持ち上げる。
以外というかなんというか軽かった。
ふらふらと前の見えない状態で、レジまで向かう。
レジと思っていたそこは出入り口で、気付かないままふらふらと歩いて出て行き、店員に呼び止められた。
ずいぶんと大胆な万引き犯であった。
少女「ほーら先輩、ぐーるぐーる」
リオンS「ぐーるぐーる」
意味も無く少女――エリ、と名乗った少女の言った言葉を復唱する。
分かる人は分かるだろう。
現在コーヒーカップに乗ってたりする。
だからぐーるぐーる。
別のこれくらいのことでは全然動じないので目が回ったりはしないが、あちらさんはそうもいかないみたいで
エリ「ぐーりゅぐーりゅぅ…」
見事に目を回してたりする。呂律が回らないぐらいに。
その様子を苦笑いを浮かべながら眺めていたが、やがてコーヒーカップが回転をゆっくりと止めていく。
終わったみたいだ。
ほら、いくぞと声をかけてみるが返事が返ってこない。
どうしたのかと顔を覗き込むと、目を回して気を失っている。
そこで、思った。
そんなにコーヒーカップが面白かったんだなぁと。
その結論に重要なことが抜けているのに彼は気付かない。
やっぱり鈍感人参。
このままでは係員に迷惑がかかるので仕方なくおぶる。
中央のモニュメントに埋め込まれた時計を見上げれば、集合時間まであと少しだけ時間がある。
もうこんなに時間が経っていた事に少し驚きつつも、うしろでエリが気が付いた。
エリ「せ、先輩!そんなまだ早いです!」
リオンS「なにを想像してるが分からんが、疚しい気はないぞ。」
エリを地面に下ろして、辺りを見回した。
天に視線を上げるとそこにあるものが目に付いた。
リオンS「もうすぐ部活の集合時間だから俺は行かねばならん」
エリがその言葉を聞き、驚いた表情を見せたあと寂しさをたたえた笑みを浮かべた。
リオンS「そう寂しそうな顔するな。最後にあれに乗るぞ!」
訳も分からず立ち尽くすエリの手を引いて、思いっきり走り出した。
向かう先は、観覧車。
今乗れば夕日が綺麗に見える時間帯である。
龍祐「あんな生き生きとした表情久しぶりに見たような気がするなぁ」
ごみ箱の後ろに華奢な身を隠しながら、リオンS達の動向を見守る。
流「そうだなぁ、最近なんか思いつめてたしなぁ」
のんびりとした口調で同意する。
いいかげん眠くなってきた。
エリ「さっき部活って言ってましたけど、どこの学校の部活なんですか?」
リオンS「あれだ、花園三中…で分かるか?」
一般人の常識的知識の範囲が分からないので聞いてみる。
エリ「はい、うちのすぐそばですから」
こくん、と頷きながら答える。
リオンS「そか。そこのメダロット部だ。」
視線を向けてる窓の外。どんどんと上に昇り、景色が開けてくる。
エリ「メダロット部ですかぁ……メダロット部ぅ!?花園三中のですか?!」
驚いた様子で聞き返してくる。
リオンSがさも当然、といわんばかりに肯定した。
エリ「あの、甲子園に行く?」
リオンS「ああ、そうだが」
だんだんと頂上に近づいてくる。
夕日が眩しく、目を細める。
その横でエリがほぇぇぇぇぇと感心している。
そして、頂上。
一番見たかった景色。
リオンS「夕日が綺麗だぞ」
こっちのほうをさっきから驚いたような表情で見ているエリの視線を窓の外に促す。
エリ「うわぁ…」
海の向こうに沈みかける夕日。
オレンジ色の光を受けて輝く街中。
言葉では表せない美しい景色。
それをうっとりとした表情で見ている二人。
エリ「綺麗ですね…」
リオンS「そうだな」
景色に目を奪われ、ゴンドラの中を静寂が支配する。
1分、もしくはそれ以上の刻が経っただろうか。
ゴンドラがもう4分の3を回ったところで、リオンSが口を開いた。
リオンS「今日は楽しかった。ありがとう」
思わぬ礼の言葉を言われて、エリが呆然とする。
そのまま海に投げ捨てても固まってそうなぐらい呆然としていた。
やはりお湯が必要だったみたいだ。
ハヤト「おーし全員揃ったな」
ぐるりと見回して、流がいないことを無視して言った。
ハヤト「じゃ、帰るぞ」
くるりと反転、他の家族連れのお客様と共に遊園地のゲートを潜る。
途中で自分たちを追い抜かして行った少女にリオンSが軽く手を上げて会釈をしたのが気にかかったが。
それでも、今日は結果から見れば――――
楽しかった。
一人置いていかれて楽しくなかったのもいたが。
次回予告
ハヤト「さて、次から甲子園か…」
リオンS「珍しいな、お前が緊張するなんて」
ハヤト「…ホ、ホットイテクレ…」
リオンS「…大丈夫か?」
ハヤト「ジ、ジカイ「白きクワガタの伝説」第18話『開幕』ニ…」
リオンS「メダロットファイトレディゴー」
ハヤト「違う!」
リオンS「あ、元に戻った」