とんでもない大物が引っかかった。
地面の落ちる冷や汗に気を配るのももどかしく、膠着した事態で相手の先手を読むことに集中する。
自分がインチキと呼ぶ力を使わず―――


Wing’s Medarot another would

Another four  〜隼の矢〜


先日アクロバッタが買えなかったのがあまりにも悔しいのか、彼は資金稼ぎに来ていた。
前に紅とロボトルをしたあの公園に。
順調に進んでいたが、ある一点で止まった。
負けたのではない、ロボトルの時間が長いのだ。
誰が連れてきたのか分からない。そんな事どうでもいい。
クワガタ、それだけが闘志を起こさせてくれた。
ようは、甘く見ていた。調子に乗っていた。
深い傷を負う前にそれに気がついて助かったと言うべきか――。
いや、左腕一本は大きいかもしれない…

始まりは連続で出てくる敵の一人だったはず。
ただ、見たことの相手だったので少しだけ手を抜く。そのはずだった。

ロボトルファイト

お決まりの声が響く。
バックステップ、マシンガンを乱射。
相手が予想以上の動きで回避と同時に間合いを詰めてくる。
ウイングが猪突猛進型か?心の中で疑問を抱く。
KWG型、シンザン改
白い身体、蒼い顎。
ライジングトンファーと呼んでいるパーツに刃が換装してある。
それだけだと思った。
泡を擦れ擦れの所で回避、勢いは止まりそうも無い。
シンザンが右腕を引いた、クロトジルがその動きを察知し膝を曲げる。
雷鳴を伴った一突き、跳んで回避。
マシンガンを後頭部に叩き込もうと左腕を伸ばす。
そこでシンザンが、今まで見たことも無い動きに出た。
右腕を突き出したことにより後ろに来た左腕をウイングに向ける。
届かない、リオンが叫ぶ。
相手のメダロッター、赤道 ジンと名乗った少年が不適な笑みを浮かべた――ように見えた。
「ディスティニー、最大まで伸ばせ!」
ライジングトンファーがその身体を最大限まで射出する。
届く、さっきとは正反対のことをリオンが思った。もちろん思っただけで通じるのはH.A.L.Oぐらいなもの。
声を出そうとする。間に合わないのは分かっているが。
頭部目掛けて正確に放たれたそれを、伸ばしていた左腕の銃口で受け止める。
黄金の雷鳴が走った。ウイングが押されて吹っ飛ぶ。
地面にぶつかりそうになるところを右腕をついて着地。
そこへもう一撃、接近してきたディスティニーのライジングトンファーが走る。
悪態をついて再度ジャンプ。
身動きの出来ない空中を狙ってディスティニ―が跳ぶ。
銃口を向けるのでは間に合わないのを分かっているから、相手のデコ目掛けて膝を曲げたまま足を出す。
足の筋力は腕の3倍と誰かが言っていた。
足をデコにつけ、思いっきり突き出す。
狙った通りにディスティニーの姿勢を崩して地面に叩きつけるのと、適度な距離を置いて着地することに成功した。
右腕の銃口を突き出して、倒れたままの相手目掛けて放つ。
地を回転してそれを避けて、立ち上がる。
翠の瞳の視線と、紅の瞳の視線が重なった。
強い。確信した。リオンの指示にも手抜きが見られない。
本気のロボトル。
今までに数度しか味わったことのない緊張感。
相手の実力を見誤ったことに後悔した。その代償が左腕の一時的な機能停止。
膠着状態。
銃と槍、射程に違いはあるが脚部の性能差がそれを無くしている。
リオンの頭脳が目まぐるしく回転する。
唯一の切り札が使えない。チャージしている間に格闘戦に持っていかれたら接近戦武器を持ち合わせてない今のウイングでは不利。
メダロッチに目を落とす暇も無い、感覚でどれくらいダメージを負っているか分かる。
それでも、目を落としてみた。
左腕の損傷が思ったよりも12%大きい。
機能回復まであと83秒。
見なければ良かった。ちょっと後悔した。
後悔の連続だなぁ、今日。
心の中で呟いた瞬間、あちらさんの指示が飛んだ。
隙を突かれた。リオンの。
だがそれはリオンの隙であってウイングの隙ではない。
それに、リオンの指示は言われなくても分かっている。
ウイング「シリンダートリック!」
技名を叫ぶ。
右腕から同じタイミングで放たれる6つの泡。ディスティニーの回避先を読んで飛んでいた。
回避、左に飛び、頭を狙っていた泡を右腕のトンファーで打ち破る。
ウイング「人の泡割るなぁ!」
ディス「うるせぇ!」
罵声が飛び交い、間合いが詰まる。
ウイングが、右腕を引いて構える。左肩を盾代わりにして。
ディスティニーが右腕に雷鳴を纏うのに一瞬のズレが出来た。
トンファーが突き出される。
左肩の装甲を盾にしてその構えから一撃を繰り出す。
身体を大きく沈め、円を描く動きで右腕を振り上げる。
ドルフィンブロウ。
宙に飛んだディスティニー目掛けてバンガ−ドビートル時ならファルコンアローに繋げるところであるが今は無理。
ブロウ時に出来た回転の勢いを利用して回し蹴りを叩きこむ。
普通の相手ならここで決められるところを、膝でそれを受け止めた。
ウイング「嘘ぉ…」
着地、相手の得意間合い。
こっちの出番だと言わんばかりにディスティニーが地を蹴った。
リオン「ウイング、砂糖水だ!」
何を言い出すかと思えば…その指示にウイングが呆れた。
しかし次の瞬間、そうか!と叫ぶ。トンファ−が目の前に迫っているのに。
某映画よろしく大きく腰を反らせてそれを回避。
続けて放たれた左のトンファーを腰を捻って地を蹴って胸部装甲にかすらせながら回避。
それと同時に右手で左腕の装甲を無理やりこじ開け、掴んだ試験管のようなものをディスティニーの右腕目掛けてぶちまける。
したたかに腰を地面に打ち付け、続けて迫ったディスティニーの右腕のトンファーを手で受け止める。
雷鳴が走らない。
ジン「そうか…砂糖水は電気を通さないから」
呟いた。
受け止め、角を僅かに傾ける。
二股に分かれた右の角が、真っ直ぐにディスティニーを狙う。
リオン「光学式反応弾!飛べぇ!」
叫ぶ。
ディスティニーが慌てて飛び退くのよりも早く黄緑色の鮮やかなビームが放たれる。
左の角から放たれたビームがどこに行ったかは気にしてはいけない。
ただ、ギャラリーに直接は被害が及ばなかったとだけ記しておく。
上空に飛んで回避したディスティニー目掛けて右腕から泡を放ちながら後退。
またさっきと同じ構図に戻る。
右腕を振るって砂糖水を飛ばし、雷鳴が走るのを確認してウイング目掛けて走る。
終わりという運命を届けるべく。
こういう場合射撃のほうが不利になることが多い。
弾切れと言う自体に直面しかねないからだ。
現にもう砂糖水が無くなりかけていた。
予備弾倉に変えたいところだが、左腕が使えないのでは交換のしようが無い。
頭部の光学式反応弾も後一発。
左腕も機能の回復まで後数秒かかる。
リオン「ウイング、チャージ!」
指示が飛んだ。
右腕で泡をチャージしながらディスティニーの一撃に備える。
来た。
バックステップ、二歩分下がりそれでもまだ追い付いてくる。
チャージ完了、残りの砂糖水を総て泡に変換して打ち出す。
トンファーの先がバスケットボール大の泡に減り込み、泡が押されて後方に飛んでいく。
ジン「なんだ?」
ディス「しらね」
短いやり取り。その間に、最大の勝機をリオンが見出す。
リオン「ウイング、マシンガン!」
左腕の機能回復。
今までだらしなくふらふらと揺れていた左腕が意識を取り戻したように持ち上がりその銃口を標的に向ける。
ウイング「く・ら・えぇぇぇぇ!」
三歩目のバックステップを踏んでマシンガンを撃ち出す。
右腕を盾にしてその中を突っ込む。
懐に潜り込み、横殴り気味にウイングを吹き飛ばす。
ギリギリで入れた右腕でトンファーの一撃を耐えたものの総ての衝撃が吸収できたわけでもなく、地から足が離れて吹き飛んだ。
だが、それでも十分。
右腕が動かないがどうでもいい。
この一瞬で決まる。
ディスティニーが追撃に出る。その背後にバスケットボール大の泡。
狙いは一つ。
ウイング「いっけぇぇぇぇ!」
咆哮、吹き飛びながら両の角から光学化された反応弾が飛ぶ。
一個は真っ直ぐディスティニーの元へ。もう一個は背後の泡へ。
ジンから屈めと指示が飛ぶ。
顎の間をすり抜けて飛んでく光学式反応弾。
閃光を思わせる速度で翼との間合いを詰める運命。
リオン「ウゥイングゥゥ!」
ジン「ディスティニー!」
雷鳴の右、左腕で受け止める。
続けて左、右腕で防ごうとするも動けない。無理に左手を伸ばして受ける。
今度はホントに機能停止。
ジン「ディスティニー、後ろ!」
ウイング「当たれぇ!」
閃光が走った。
当たった者が吹っ飛んだ。
カメラアイが割れ、地に伏せる白い機体。
リオンが、メダロッチを構えた右腕をだらんと落とす。
「勝った…」
勝者が告げた。
最後に立っていたのは…
天に伸びる二本の角を持った、クワガタだった。
リオン「負けた…」
敗因は分かっているつもりだった。
相手の実力を見誤った。そしてその実力が自分よりも上だった。
それだけのことだった。ただ、それだけのこと…
リオン「…くそっ…」
溢れてくる涙を拭うと、ウイングのメダルを回収しに行く。
落ちた翼竜をポケットに仕舞い、機体をメダロッチの中に仕舞う。
ディス「…アンタ達、最初手ぇ抜いたな。」
リオン「ああ…」
顔を落として、返答した。黒い髪がその表情を覆い隠している。
分かってるんならまぁいいや、そんな感じで次の言葉を続ける。
ディス「まだアンタ達は強くなれると思うぜ。」
じゃあな、と言い残して去ろうとするディスティニーの背に問い掛けた。
リオン「今度、いつになるかわかんね―けど…またロボトルしてくれねーか?そん時はぜってー負けね―から」
ジンと顔を見合わせ、その意思がいっしょだということを確認して答えを返す。

いいぜ、と。


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