ゆっくりとした風が吹く。
その水色の長い髪が風になびく。
決意に満ちた瞳で、奥へと進んでいく。
翼のメダロット 第15話 翼竜昇天
―5時22分、7階特別室―
「これで…これでぇ!」
正気とは思えない声で、少年がパソコンに向かって何かを打ってる。
顔にはやつれが出来、肌の色も白くスーツのようなものに身を包み、床には空の栄養ドリンクが何本も転がっている。
そのパソコンには何十とも思えるコードが刺さり、全てそれは部屋の中央にあるボールのような機械につながっている。そのボールからも一本、電源へ向かってコードが伸びている。
パソコンの画面に次々と広がっていく、セキュリティ解除の文字。
現在、最終的なハッキングに、手を掛け始めた。
自動でドアが開く。その先から現れる女性、人は彼女をパレットと呼ぶ。
パレット「もうやめなさい!そんなことして何が楽しいの!?」
子供を怒鳴るかのように叫ぶ。
その声に僅かに反応しつつも、パソコンから目を離さない、少年。
「うるさいな…いつもそうやって俺を子供扱いできると思うな!俺は世界の支配者となるんだ!」
パレット「正輝(マサキ)、やめなさい!」
パレットが走る。しかし、それを止めるかのように飛ぶ銃弾。
銃弾のはなたれた先に立つもの…黒いボディに身を包んだ、レイブン。
正輝「動くようなら、そいつは撃つように設定してあるからね。」
相変わらずパソコンから目を離さず、カタカタと何かを打ちつづけている。
パレット「…卑怯者!」
その場から動かず、その奥にいる少年に向かって吠える。
正輝「負け犬の遠吠えって、こんなときのためにあるんだろうねぇ…。」
カタカタとなにかを打つ手を止める。
ふふふ…と含み笑いを始める。
正輝「これで俺は、支配者だ!」
欲望に狩られた笑みを浮かべ、
最後の、ENTERキーを押す。
次々と送られていく情報。
パレットが、口惜しそうに舌打ちする。
…………。
情報の流出が止まった。
パソコンのディスプレイに表示される、文字。
周りの環境を確かめてから、もう一度お試しください。」
正輝「なぁぁぁぁぁ!何故だ!何故だぁ!」
いきなり椅子から立ちあがり、パソコンの周りを慌てて確認しだす。
抜けているコードを確認するが、ひとつも発見できない。
「ちゃんとデータは確認した?」
少年とは別の、柔らかい声。
正輝「間違いはない!」
少年が悲痛な声で返す。
「ケーブルは刺さってるか確認した?」
続けて質問する、柔らかい声。
正輝「間違いはない!」
同じように悲痛な声で返す。
「じゃあ、これは何かな?」
男が、声のほうを見る。
銀色の髪、眼鏡をかけ、腕にはメダロッチをつけ、その右手にはあるケーブルが握られている。名を、安藤 リウという。
そのケーブルの先にあるのは、中央のボール。
つまり、中央のモデムの電源コード。
正輝「貴様、安藤リウ!そのコードを返せ!」
レイブンに指示を送り、リウに射撃を開始する。
リウ「返してもいいけど、使えないと思うよ。」
射撃を避けるべく、右に走る。弾丸が壁に突き刺さり、その壁の中から何かが出てくる。
千切れた、何本かのコード。
リウ「ほら、ね。…そろそろ僕が危ないか…」
弾を避けつづけるのにも限度がある。例えば、壁とか。
リウ「テムジン!」
部屋の隅の壁に到達するよりも前に、テムジンがリウの前に姿を現す。
テムジン「ったく、せっかくの最後の出番がお前の護衛か。」
弾丸をすべてビームサーベルで掻き消す。
リウ「そう言わないの。」
メダロッチのカバーを開き、構える。
―5時31分、一階受け付け―
瑠璃「リオン…来てくれたの…。」
肩の傷を押さえ、呟く。
リオン「当たり前だ。俺は切り札とかエースだとかである前に神龍 リオンだ。俺が思うことをやってから別の事をやる。」
どこから取り出したのか、医療セットをだす。
瑠璃「自己中ね…。」
大した傷ではないので、消毒液をかける。
染みてるのか、顔を顰める瑠璃。
リオン「リウさんは”素敵な自分勝手”って言ったけどな。」
消毒液を拭き取り、バンソウコウをはりつける。
瑠璃「…やっぱり、行くの?」
リオン「ああ。最後に、やることが残っている。」
救急箱の蓋を閉じ、バックの中にしまう。
バックを背中にかけ、立ち上がる。
瑠璃「…リオン、これが最後なんていわないでよ。」
俯く瑠璃。瑠璃の前髪のせいでリオンからはその表情は見えない。
リオン「さあな。俺も生きて帰れるかわからない。」
左腕のメダロッチに手をかける。
瑠璃「………伝えたい事があるんだけど…ちょっといいかな?」
その言葉を無視する様にリオンが左腕の、リューのメダロッチを外す。
リオン「………好きだ、っていうのは無しでな。それは帰ってきた後のお楽しみにしとくから。これもってろ。」
外したメダロッチを、瑠璃に投げる。
リオン「帰ってきたら返してくれ。帰ってこなかったら親父に渡してくれ。リュー、瑠璃を頼むぞ。」
リューが何も言わず、頷く。
瑠璃が俯いたまま、そのメダロッチを拾う。
そして、リオンを見上げ笑顔で言う。
瑠璃「ちゃんと帰ってきなさいよ!いってらっしゃい!」
瑠璃を見て、僅かに笑みを浮かべ言葉を返す。
リオン「まかしとけって!いってきます!」
前のような、薄っぺらの自信ではない。努力を積んだ結果の、自信。
ウイングと共に最後の部屋を目指す。
瑠璃「………バカ…。」
あふれる涙を押さえ、涙声で呟いた。
―5時32分、4階通路―
レイヤー「…これで、おわりね。」
ファントムがランスを突き刺す。
オイルを噴出し、最後の敵メダロットが倒れる。
トルース「パレットは大丈夫か…」
先に行った主のその身を案じる。
遠くの方で何かが砕ける音がした。
彼らの前にはメダロットの残骸しか残っていない。
―5時33分、一階厨房―
ノリス「リオンの奴、大丈夫かなぁ…。」
恭治「大丈夫じゃないのか?」
シン「…そう簡単には死なんだろ。」
目の前のメダロットの残骸を見渡しながら、はじっこの方で3人仲良く体育座りをしている。
やりすぎたと後悔しながら。
因みに彼らのメダロットはダメージが酷いのでメダロッチの中。
ノリス「…色気がないな。」
ぼそりと呟いた。右に座っている二人がそれに同意して頷く。
ビルの中では、下から上へコンクリートが砕けるような音がして何かが上ヘ突き進んでいる。
―5時34分、6階中央広場―
ユウリ「甘いねぇ、あんたら。」
蒼穹がピーピーハンマーで、相手の顔面を殴る。仰け反り、地面に叩きつけられる。
ユウリの蒼い髪がなびく。コンタクトをつけている為、眼鏡はかけていない。
タクアン「…我々の、負けか。」
ユウリ「あーた自分のやろうとしてる事に迷いが見えてるだろ?そんなんじゃ俺にゃ勝てないぜ。」
がくりと項垂れる、幹部全員を指さす。
ユウリ「自分を信じた奴が、一番強いってな!」
自分の中の信念を、叫ぶ。
その後ろで、何かが上ヘ天井を突き破って昇っていった。
―5時34分、7階特別室―
リウ「幹部達が全員やられたようだね。」
徐々にボロボロになっていくテムジンを見ながら呟いた。
テムジン「敵の分析してる場合じゃないって!俺の方をどうにかしろ!」
流石にサーベル一本では全ては防ぎきれない。かといってジャベリンを出してもとっちつかずになりかねない。
「撃てぇ…撃ちまくれぇ!」
テムジン「…強い!この間よりもかなり強い!」
弾速が早いだけに一回防いでもすぐ次が来て被弾する。ついに、脚部の機能が停止する。
テムジン「…チクショ――――!肝心なときに何やってんだよ!」
テムジンの叫びが無常にも部屋に響く。
…ピシッ。
小さい音ながら、床にヒビが入る。
―――――ドォォォォォン!
リウの後ろの壁に穴が開く。煙の中に見える二つの影。
「…ったく、無茶するな!」
「仕方ないだろ!そもそもお前が瑠璃のほうに行くって言うから!」
その声だけで、誰だかすぐに分かった。
自分たちの待ちつづけた、それ。
テムジン「遅ぇよ。馬鹿弟子が。」
その瞳を、ゆっくりと閉じる。
ウイング「おおっしゃぁ!行くぜ!」
咆哮、ウイングを包んでいた砂塵が吹き飛ぶ。
晴れたその中には、ウイングと、槍を持ったままのリオン。
レイブンが、射撃を止めウイングの方を見る。
ウイング「決着をつけに来たぜ、俺の影!いくぞ、リオン!」
リオンに背を向けたまま叫ぶ。
リオン「想いよ…力と成れ…」
拳を握り、右腕を前に突き出す。
メダロッチが、警告音を上げる。ウイングシステム発動可能と。
リオン「ウイングシステム、起動!」
メダロッチのデータウインドウに次々と文字が流れていく。それは日本語だったり、英語だったりしたがとても読む気にはなれないほどの量。
そして最後に”Wing System ON”と表示される。
ウイングの腹部から光が放たれ、やがてウイングの体を包み込んでいく。
光は、球の様に丸く、成長していく。
やがて、その光が弾き飛ぶ。
光の粒が降り注ぐ、その中に立つ者。
白く、その両肩には翼竜の証が映し出された宝玉。
強い意思を宿した緑の瞳。
そして背中の、翼。
正輝「うてぇぇ!!」
レイブンへの指令を下す。
両腕を持ち上げ、その銃器を光に包まれたままのウイングへ向け、放つ。
光を突き破り、標的に当たっているのか爆炎が広がっていく。
普通の弾丸なら爆発は起こさないが、恐らく特別製の物であろう。
その――爆炎が次第に光をも包み、完全に灰色の世界となる。
正輝が射撃を止める様に指示を下す。
銃撃が止まり、煙だけがその世界の中で動く。
リオン「ウイング!」
その名を叫び、指示を下す。
灰色の世界の上空へ、何かが飛び出た。
翼を一度、身に纏わせるように縮め、咆哮と共に大きく広げる。
煙が飛び去り、白い羽根が空から舞い降りる。
そしてその指示を―― 一斉射撃の指示を実行する。
ウイング「食らえぇぇ――――――!」
両腕を前に突き出し、顎を引き、睨むように照準を定める。
その両腕に、角に光が集まり放たれる。
腕から放たれる弾は弾丸から、ビームのような物で構成された羽根に変わり、反応弾も、光学式反応弾に変わっている。
羽根が、レイブンを守るフィ―ルドに突き刺さる。だが、そのフィールドを破ることは出来ずに粒子へと戻り、虚空へと消える。
しかし、元々高威力の反応弾を光学化したもの。その出力は半端ではなく、レイブンのフィールドを突き破りその一撃を叩き込む。
レイブンの両肩に、焼け跡が残り煙を上げる。しかし、翼を広げその衝撃を流す。まるで、自らの意思でやったように。
反撃に、両腕の銃器を放つ。
リオン「左ヘ回避、マグナム、チャージ!マシンガンで牽制しろ!」
リオンの指示が飛ぶ。
ウイング「応ッ!」
ウイングがそれを受け、追撃の弾丸をかわしていく。
ほぼ完璧なコンビネーション。これが、対レイブン用に切り札であった彼らの力。
ウイングシステムによるレイブンと同等の機体性能。それが、リウの力。
正輝「レイブン、クイックチャージ!」
腕のメダロッチに向かって叫ぶ。レイブンがそれに従い、銃撃を止め右腕を引く。
その腕に闇が集まり、何かを構成していく。
黒い、翼。腕から伸びる一対の翼。その腕を覆う黒いオーラ。
正輝「死ねぇぇ!」
黒いオーラが、放たれる。
それは虚空で鴉を形作り、ウイングへと襲いかかる。
ウイング「俺は…死なない!」
避けれないと判断し、翼を閉じ右腕を引く。
その右腕に蒼いオーラが集まっていき、3対の翼が腕に生える。その蒼いオーラは腕をも覆い隠す。
リオン「いっけぇぇぇ!」
踏み込み、目の前にまで迫っていた鴉に、叩きつけるように右腕を下ろす。
虚空で翼竜を形作り、鴉へと襲いかかる。
――衝突!
鴉が翼竜を飲み込もうと、翼竜が鴉を飲み込もうと、互いにその身をすり減らしていく。
その衝撃波が、その場にいる人間を吹き飛ばそうと力を強めていく。
ウイング「負けるかよォ!」
咆哮。
それが引き金となったのか、その二つの化身が光へと戻り、四散する。衝撃波も一度に力を噴出する。
その光が元々白い部屋を、更に白く染め上げていく。
正輝「もう一撃。」
眼を瞑ってる事で、研ぎ澄まされたリオンに聴覚に、その言葉が響く。
双眸を閉じたまま、指示を送る。
リオン「左腕チャージ、全力で叩きこめ!」
だんだんと光が消えていくのを感じ、うっすらと目を開く。
その瞳に映ったのは、左腕から翼を生やした、白と黒の姿。
そしてその翼が、先ほどと全く同じように放たれる。
ただ違うのは、ウイングがレイブンと同じタイミングで翼竜を放ったこと。
ウイング『おおおおおお!!』
ウイングのその声が、重なったように聞こえる。別の、声と。
そしてまた翼竜と鴉がぶつかり合い、互いを飲み込もうとその身をすり減らす。
衝撃波が巻き起こり、再び光が
―――――四散した。
白い光が、再び辺りを支配する。
僅かに開いたリオンのその瞳に、黒の手に何かが転送されるのが見える。
それが瞬時に自分の持ってる物だと察すると、それを握り締め、振りかぶる。
リオン「ウイング、受け取れ!」
ほぼ完璧なコントロール。翼を押しやって後ろに手を回すだけで簡単に受け止められた。
槍…名を、リボルバーランサー。
右腕の人差し指をトリガーに掛け終わるころには、光はすっかり消えていた。
レイブンの右手に、槍が握られている。ウイングのとは色が違えど、同じ形の黒と灰色のそれ。
リオン「いっけぇぇ!」
翼を広げ、肩のアーマーを開き、エアーブースターで一気に接近。
槍を上から振り下ろす。
それを槍の刃から発せられるフィールドで受けとめるレイブン。
お構いなしに中段突きを繰り出すウイング。
それを避け、カウンターで上段突きを出す。
首を曲げ、顔に掠らせた程度で済ますウイング。
ウイングが下段突きを繰り出し、レイブンが中段突きを繰り出す。
フィールドの干渉を受けずに、攻撃できるのがこの槍の利点。
ウイングの脇腹を、レイブンの槍が貫いた。ウイングの槍が、レイブンの右足に突き刺さった。
痛みに目を細めながらも、地を蹴りレイブンへの間合いを詰める。
そして、左の手で槍を抜き、右の拳を突き出す。フィールド同士が反発、貫きレイブンの頬にそのままウイングの拳が届く。
ウイング「いいかげん…目ぇ覚ましやがれ!この野郎!」
思いっきりぶん殴られ、二転三転しながら吹っ飛ぶ。
回転が止まったところで、レイブンの動きも止まる。
静寂が、辺りを支配する。ウイングが槍を構えなおす。
――――バサ…
レイブンの翼が羽ばたき、銃撃で壁に穴をあける。
一度ウイングの方を見たあと、外へ飛んで行く。
リオン「いくぞ、ウイング。」
ウイング「ああ。…もう終わりにしなくては…。」
ウイングの背中におぶさり、レイブンの開けた穴をみる。
そして翼を広げ、舞う。レイブンのあとを追い、先ほどの穴から出ていく。
パレットが目を離した隙に、少年が腕につけたメダロッチに何か操作をしている。
正輝「…全部、壊せ、壊し尽くせぇぇぇぇ!!」
少年が叫ぶ。その声には狂気しか残っていない。
リウ「どうして悪の科学者って、こんなのばっかりなんだろう?」
はぁ…とため息をつき、リオン達の出ていった穴を見つめていた。
レイブンが、空で止まった。翼を広げ、ゆっくりと降下して行く。
本部の近くの、スクラップ置き場。いくつものメダロットの瓦礫の山が出来上がっている。
朝日を背に受け、ウイング達も降下する。ちょうど、瓦礫の山と山の間に。
レイブン「やはり…来たか。」
背を向けたまま、呟いた。
ウイング「やっとお目覚めか。」
リオンが、ウイングの背中から降りて地面に足をつく。
レイブン「…少年よ、何の為にこの戦いに身を投じた。」
首を傾げ、なんだとは思ったが自分の思ったことを正直に言う。
リオン「自分の信じた事をして、後悔しないためだ。」
レイブン「…甘いな。」
リオンの足元への銃撃。うわっ、と叫び一歩下がるリオン。
翼を広げ、レイブンが上空へ上がる。
ウイング「何故、戦わなくてはならないのか?」
レイブンを追うように、空へ上がる。右手で槍のグリップを握り、人差し指をトリガーへ、左手を長い柄に添える。
レイブン「俺はもうお前とは違う。…ここでお前を倒し、お前が救った世界で生きさせてもらう。」
瞳のでない、レンズのタイプなのでレイブンの表情を読み取る事が出来ない。
ただ、戦わなくてはならないと言う事。
ウイング「変わっちまったな…レイブン!」
肩のエアーブースターを後ろへ向け、翼を姿勢制御に使い、槍を構えてレイブンへと突っ込む。
――――最後の戦いが、始まった。