もし、貴方の良く知っている人物が新聞の一面を飾っていたらどうします?
もちろん、その新聞を読んでみたくなるでしょう。
そんな状況で彼は大学への道のりを歩きながら新聞を読んでいた。
街中の喧騒も、いつもなら嫌いなクラクションの音も耳に入らない。
その青年、髪は赤く耳の辺りで一部左右にぴょんと跳ねている。
その髪の色と同じ色をした少女が新聞の一面を満面の笑みで飾っていた。
「天才少女!飛び級で大学入学!」
文字の踊る新聞の見だし。
溜め息をつく青年。
チクショウ、どうして同じ親から生まれたのにこうも出来が違うんだ!
心の中で思いっきり喚いてみた。
数秒後、誰かに聞かれていないか心配になっていつの間にか挙動不審になっている。
新聞の上のほうには小さく2190年4月12日と書かれていた。


Dancing the sky
〜幸せの紅い鳥〜


「はい、じゃあ明日取りに来てくださいね、では〜」
銀色の髪の、眼鏡を掛けた60代そこらか、人当たりの良さそうな男が電話を置いた。
所々に皺が刻まれているが、まだ年寄りといった感じではない。
なんちょってんビルの6階、有限会社AS社社内。
あまり大きくは無いオフィスで、社長は小さく息を吐いた。
そしてここのただ一人の従業員に声を掛ける。
「例の物は明日取りにくるから」
はぁい、とこちらも人当たりが良さそうな黒髪の男が返す。
見た感じ年は30代といったところか。
事務作業に耽っていた。
肩よりも少し長い程度の髪を後ろで縛っている。
しかしなぜこの会社は人当たりが良さそうな人しかいないのだろう?
いっそのこと「人当たりが良さそうカンパニー」にしてはどうだろうか?
すぐに潰れそうな気がしてきた、やめにしとこう。

電車の車内の端っこ。
車両が連結されるところの席に一人の赤い髪の少女が座っていた。
手には本を広げている。
カバーが掛かっていて何の本だかは分からない。
「…高校もちょっとしかいなかったもんね、大学はちょっと手抜きしようかな?」
本をパタンと閉じて、バックの中にしまう。
目的の駅は次だった。
車内を見まわしてみても人の姿がちらほらとあるだけ。
時間が時間なのだろうか?
少女の聡明な頭がそんな疑問を抱えた。
腕につけたアナログ時計は午後の2時12分を指している。
これから大学に行って、前もって取っておいたマンションの部屋の荷物を片付ける頃には日が暮れてしまうだろう。
慣性も無く、電車が停車する。
駅についたようだ。
肩から掛けるバックを膝の前からお尻のほうに回し、電車を下りた。
エスカレーターを使って昇り、改札を切符を通して通る。
右に曲がってしばらく歩いてエスカレーターで降りて、駅と一体になったデパートを歩いて抜ける。
駅から大学までは歩いていける距離。本屋の脇を通りすぎてパチンコ屋の角を曲がって進んでいく。
陸橋ふもとの信号を渡って、長々と続く壁に沿って歩く。
校門らしきところに立つ警備員に一礼して、出てくる車を避けて中に入っていった。

2190年。
2000年頃にあったものがまだその形を留めてるような時代だった。
テレビや音楽、そういったものは進化した。
車の燃費も格段に良くなり、温暖化問題も少しずつだが回復の道を歩み始めている。
人口問題は宇宙にコロニーと呼ばれる生活住居を建設することにより「とりあえず」は免れた。
政治家のいい加減さと建設家の頑張り具合が窺える歴史である。

そんなこんなで。
数十分後、彼女が出てきた。
手に持ったパンフレットをバックの中にしまいながら、駅の近くにある高層マンションに向かう。
端から見えるパンフの題名が「この学園の要注意人物」と書いてあったのは置いてといて。
マンションについて管理人に愛想よく挨拶すると、オートロックの装置に鍵を挿し込み、開ける。
入ってすぐのところにあるエレベーターのボタンを押し待つこと数分。
3階から降りてきたそれに乗って、7階を押す。
慣性が完全に打ち消されたゲージの中を、少女が天を見上げた。
まだ幼さの残る顔つき。
赤い髪をショートカットにしている。
体つきは細く、胸もあまり出ていない。ようはぺったんこ。
名を飛翔 朱衣(ひしょう しゅい)という。
一応言っておくがこの物語の主人公である。

午後8時32分
自分の部屋、703号室の中に置かれたダンボールに敷き詰めてある荷物を整理し終わった頃。
壁際に有るタンスに服を敷き詰め、すべての荷物が片付いたことを部屋をぐるりと見まわして確認する。
それから、水色のストライブの入ったベットの上に身体を沈める。
一息付いた後、天井を見上げて明日の予定を頭の中で確認する。
「(明日はAS社まで行ってテスト機の受け取り…Copy skillの実践調整、H.A.L..Oの脳波調整…やれやれ明日のほうが忙しそう)」
もう一度溜め息をついて、目を閉じた。
着替えもせずに、数分後は静かな可愛らしい寝息を立てて眠ってしまった。


翌朝、10時3分。
「え!?一号機が盗まれた?」
黒髪の男が叫ぶ。
銀髪の社長は笑みを崩さずちょっとだけ困ったような顔をしていた。
「まぁ、あんまり気にしてないけどね」
たまたまシックに黒に塗ったからこうなっちゃたのかなぁ?と呑気に付け加える。
「いいんですか?あれにも二号機と同じモノが積んであるんですよ?!」
H.A.L..Oとか、Copy skill、CIGとか。一般人は分かりにくい単語ばかり並ぶ。
説明は後ほど。
「説明は十数行後に出てくるよ。」
銀髪の男が謎の言葉を口走る。
どれもAS社の社運を掛けた、また社長のもつ技術の結晶でもある。
深く溜め息をつくと、社長に盗難届は出しましたか?と聞いた。
社長がその必要は無いよと言って、慌てた。
社長には残念だが、その言葉を聞き逃すほど彼は甘くは無かった。
問い質さんと机を叩こうとした瞬間――――
そこへ、救いの天使が舞い降りる。
「おはようございます」
叩こうとした手をぴたりと止めて、声のした方、入り口を振り返る。
見事な寸止め、後一cm。
赤い髪の女の子、朱衣がそこにいた。
「いらっしゃい」
社長が声を掛ける。
もう一人の男のほうは機会を逃したと言った感じで眉間に皺を寄せたが、すぐに元の顔に戻す。
「わざわざ我が社まで来てくれてありがとう」
社長が椅子を立ちあがって握手を求める。
にこやかな笑みと共にその手を握り返す。
それから、自己紹介。
社長は安藤 リウと名乗り、名刺を渡した。
もう一人の若い方が、月島 龍祐と名乗った。
朱衣もその後軽く自己紹介をして話題を切り出す。
もちろん、試作機のこと。
「試作機のテストを受け持って欲しいと聞いたのですが」
うん、と頷いて三人で社長の机の脇にある扉から別のフロアに移動する。
その部屋には培養液らしきものの入ったカプセル。
いくつものコードの繋がれたパソコン。
どっかの怪しい研究所みたいな感じだ。
わずかに開いた隙間をすり抜けて、なんとか目的の場所までつく。
その奥にある、メダロット用のカプセルが二つ並べられた前に立つ。
「これのテストを受け持って欲しいんだ」
空になったほうではなく、白い中身の入った方の前にしゃがみ、パスワードを入力。
二人でそれを見守り、最後にリウがボタンを押して立ち上がり二人の元まで歩いて下がる。
カプセルが、白煙を上げて開く。
「BTT−01−DA パテュラリー」
朱衣が呟くようにその名を告げた。
続けて、そのスペックを呟く。
二重機構ティンペット専用
基本機能、頭部ビームソード
右腕単発式ライフル
左腕マシンガン
二重機構としてリフレクトシールド
頭部に近距離緊急迎撃用としてClose In Gun(バルカン)を搭載。
またOSの余剰メモリを利用してCopy Skillを採用。
Copy Skillとは入力された行動を身体に与え、装着されたメダルにやったことがあるかのように覚えさせるもの、
各部に小型エアーブースターを配置することにより2脚ながら高速飛行を可能にしている。
何で知ってるんだ?と言った顔で龍祐が朱衣を見る。
「社長さんから送られてきたんです、データが」
龍祐がリウを睨む。何で教えてくれなかったんだと無言の抗議の目で。
それを無視して話を進める。
「メダルは…無いんだっけ」
こくん、と朱衣が頷いて同意する。
きっと勉強が忙しくてこんなこと…と言っては失礼かもしれないが、メダロットで遊んでいる暇が無かったんだろうなと勝手に思うことにした。
「兄が持ってたんで、いつもはそのコで事足りてたんですけど」
ああなるほどと二人そろって納得する。
「えと…これを」
白衣のポケットから金色のメダルを一枚。
描かれる絵柄はりんご。
「りんごメダル…聞いたことありませんね」
「ああ、木星に見学に行ってきた知り合いが持って帰ってきてくれたんだ」
メダル…正確には六角貨幣石の絵柄はすべて生物系で統一されてるものかと思っていたがどうやらそうではないらしいと朱衣の聡明な頭脳は憶測で納得した。
「起動前に名前を…」
「その前に、このメダルの安全性は確かなんですか?」
僅か16歳の少女から出るとは思えないような冷静且つ正確な質問。
流石、当たりクジを引くのが上手いなぁと龍祐がリウの選球眼を誉める。
「とりあえず測定した範囲では普通の…といっても市販されているものと同レベル。熟練度が格闘、射撃に偏っていたのでこの機体に最適と言うわけなんだ」
曲げた人差し指の第二関節を下唇に当て、肘を曲げた左手首に乗せて何度か頷いて
「分かりました。このコの名前はあるんですか?」
「まだ一度も起動してないから、無いよ。」
無言で頷いて、起動して良いか眼で確認を取る。
こくりとリウが頷いたのを確認して白いBTT型の背中にメダルを持った手を回し、窪みにはめ込んだ。
空色に塗られた腹部から何かの回るような音、そして低い起動音。
朱衣が一歩下がって、光の無いカメラアイを覗き込む。
BTTが、首を上げてそのカメラアイに緑の光を宿す。
「始めまして」
笑顔で朱衣がそいつに言った。
驚いたように目を見開いて、慌てて立ち上がってお辞儀をする。
「ここ、こちらこそ始めまして!」
もう二度三度礼を繰り返して、それからやっと顔を上げた。
「そんなかしこまらなくてもいいから…遙(はるか)」
そいつはしばらくボーっとしたあと「遙」と言うのが自分のことを指していることに気が付いた。
それでも念のため
「遙って…僕のこと、ですよね?」
訊いてみる。
満面の笑みを浮かべて、うん。と満面の笑みを浮かべて朱衣が頷く。
「あー…というわけでテストメダロッターをやってもらうわけだけど…」
リウが言う。
会話を中断して、二人がそっちを向く。
「そのパーツは負けてもあげちゃ駄目だよ。それと―――」
幾らか注意事項を重ねる。
その総てを、遙と朱衣がうんうんと頷きながら聞いていた。
そして最後に渡された品。
朱衣はそれを見て、目を丸くさせた。
え?何かの冗談ですか?
そんな感じで。


「ふぅ…お腹一杯♪」
ビル前のイタリア料理店でお腹を満たして上機嫌に公園へと歩いていく。
まだ本格的なロボトルをしたことが無いので、同じぐらいのレベルの相手――子供と対戦するべく公園へと足を伸ばしていた。
「うぅ…ろぼとるぅ…」
いくらか、いや、かなり緊張しながら呟く。
自分の体がどういう仕組みになっているか分かったものの、やはり実践をやってみないことにはどうしようもない。
「そんな緊張しなくても大丈夫だって、ほらリラックスリラックス」
ニコニコといった形容詞の付きそうな笑顔で遙の方を見ながら言った。
その頭には通常の人間には有り得ない物が生えていた。
耳が生えていた。髪の上に左右対称に二つ、綺麗な三角形のそれは黒猫の耳そっくりだった。
駐車場を通りぬけ、公園の柵を越える途中で、そこにいた少年に声を掛けた。
「ボウヤ、おねーさんとロボトルしない?」
通常なら有り得ない方向から声を掛けられたので、かなりビビッたのだろう。
漫画の如く飛び上がり、数歩後ずさる。
柵から飛び降りて、着地。遙が続く。
「あ、その前に自己紹介がまだだっけ」
…どうやら天然らしい。
「自己紹介はいいですよ…ロボトルですね?」
朱衣がこくんと頷くのを見て、メダロッチを構えた。
その間にイイ男度チェックを入れてみる、天才だって年頃の女の子ですから。
見た感じ悪くは無い、むしろ良いほうか。髪色は黒、無造作な感じがする。
だが、次の瞬間朱衣の双眸が細まる。
転送されてきた相手のメダロットの分析。
相手が格闘、両腕共に打撃系なのを確認し、頭の中でシュミレートを開始する。

ロボトルファイト

少年の声がする。
遙が指示も無く――いや、指示ならとっくに出ている。
猫耳を模した、H.A.L.O――人間の脳(ヒューマンブレイン)と人工の脳(アーティフカルブレイン)を同調(リンク)させる装置(オーガニゼーション)から。
右腕一本を持ち上げ、向かってくる敵に向かって放つ。
ガァン
今までのメダロットの銃器とは比べ物にならないほどの大銃声が響き、視覚で認識出来ないほどの速さで弾が放たれた。
反動で遙の右腕が弾かれたように天を向く。
当然そんな状態では当たるわけも無く遥か遠くのマンションのレンガ壁を削ったか敢えてここは無視。
洗濯物をしまっていたおばちゃんから抗議の声があがろうとも無視。


ずずっとお茶をすする音がオフィス内部に響く。
「うーんお茶がうまい」
湯のみをことんと置いて呟いた。
「何じじくさいこといってるんですか」
会計の仕事をしながら龍祐が呟く。
「僕はもうおじいさんだよ。はやく孫の顔が見たいなぁ…」
「はいはい、分かりました…でも、あのままの設定で渡して良かったんですか?」
あのままの設定――起動実験も兼ねて、一度だけパテュラリーを起動した際。
その装着したのメダルがいけなかったのか、威力が足りないと文句を言い始めた。
それを受けてかなり無茶した攻撃力になってたりする。
「いいんじゃない?ただ―――」
今ごろ結構なことになってるんじゃないかな?


それは事実、結構なことになっていた。
反動が大きすぎて当てられない、外せば明後日の方向に飛んでいき器物を破損する。
あまりにも物騒過ぎる。
そう判断し、指示を送る。
迫ってくる相手の頭上を飛び、回避。
着地と同時に指示を実行、背部のエアーブースターに煌きが走り空気が撃ち出される。
両腕の脇が、蓋を開けたように開く。きっちり20度。
緑の光に包まれて輝く両腕。
「Copy Skill コードTM−01、いっけぇ!」
朱衣が口を開いて始めて指示を送る。
行動を持ってそれに従う。
右腕を引き、大きく身体を沈める。下から抉り込むように月を描き、思いっきり拳を振り上げる。
それは正しく―――
「ドルフィンブロウ!」
敵の背を思いっきり殴り上げ、天に飛ばす。
その後を追い、背の風で舞い上がる。繋ぐ技は…
「必殺技、コードBW−01…」
左腕を弓を引くかの勢いで、握り、引く。
声が重なる。
叫ぶ、その名を。
『ファルコン、アロォ―――――!』
突き出した左腕に総ての力を乗せ突撃。
身動きが取れなく、性能的に有利な相手に当てるのは容易なことだった。

「ふぅん…あれが二号機ね…」
どっかの戦隊物がプリントされた玩具の双眼鏡でビルの上から今のロボトルを眺めている女性。
紫色の髪に間から天に向かってV字に白いものが伸びている。
途中で勢いを失ったように垂れている、うさぎの耳のようなそれ。
「見たところまだ起動して間も無いみたいだな」
その横で柵に腰掛けながらそれを見ている、黒いメダロット。
大人の女性の声、でも機体のせいかどこかボーイッシュな感じ。
その姿は、遙…パテュラリ―とほぼ同じ。
光る瞳の色は鮮やかなオレンジ。
「んまぁ…もうちょっと様子見ね」
「だな」
短く肯定の意を述べると、ビルの階段を降りはじめる。
その後を追って紫髪の女性が追いかける。
二人そろって走り出した。
掃除のおばちゃんに見つかったからである。
捕まれば小言に説教と当分家に返してもらえないのは間違いない。


朱衣部屋。
「やっぱり…ドルフィンからファルコンの間に余計な処理が一個ある…」
フユーンディスクを専用の読み取り装置で読み取ったものを、パソコンに直結。
そこで不要なものを削除したり、新たな設定を足したりする。
『そんなことまで分かったの!?』
帰りがけに買ってきた白黒のパンダカラーのメダロッチから声が響く。
身体は現在使用中なので。
「まぁね、ほんの一瞬だけどシールドにぶれが見えたから」
『ふぇぇ…』
遙が感嘆の声を漏らす。
自分でもさっぱりそこらへんは分からなかったのに。
「それと両腕にリミッターをかけて威力を落とさないと…」
『そうしてくれると助かるなぁ』
「(無いことを願うけど…もしもの時は解除できるようにも…)」
幾らか時間をかけて、それらの設定を終えて時計を見る。
午後の9時12分。
パソコンの電源を落として、フユーンディスクをべにゃべにゃと折り曲げて柔軟性を堪能後、空色の胸部に戻す。
「(一号機が盗まれたって言っていたけど、なんか変…)」
本来なら慌てるはずなのに。龍祐が言っていた通りの疑問が過る。
ある一つの仮説が浮かんだが、あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎるので頭を振ってその考えを打ち消した。
窓から見上げた空には、三日月が浮かんでいた。
明日も、良く晴れそうだ。


暗い、暗い部屋。
窓から見える景色にはビルの明かり、都会独特の景色だ。
「AS社の次期主力商品か…」
闇の中、誰かが呟いた。
「今のうちに潰しておけ」
上の声よりも幾分低いしわがれた声が冷徹に言った。
「我が社にも及ばぬ一企業が…」
憎しげに、そう呟く。
周りを包む闇が、憎悪に見えた。


光が辺りを照らす。
小鳥の囀りが響き、朝が来たことを伝える。
布団の中で眠そうに「うにゅぅ」と呟くと光を遮断するように布団の中にもぐる。
目覚ましが鳴るもすぐに叩き落とされ、その声が消える。
小鳥の声だけがまだ響いていたがそのような小さい声は布団の壁によって防音されている。
まだ起きたくなかった。眠いし。
確か今日は予定が無かった。もう少し眠れるはずだ。
続けて、携帯が「Over the Rainbow」と言う曲を鳴らす。
メールの着信音だ。
布団の下から手だけを伸ばし、桃色の携帯電話を掴み布団の中に引っ張る。
携帯を開けて新着メールの内容を半開きの目で見る。
それから、携帯をほっぽりだしてまた寝ようとする。
内容は「今から5秒後にステキなことが起こります」というもの。
どうみても間違いメールだった。
むしろ送ってきた貴方がステキである。
まだ引きずっていた眠気のおかげで夢のパラダイスへ羽ばたこうと足を離した瞬間。

ぱん、ぱぱん!ぱぱぱぱぱん!

窓の外で破裂音が響く。
流石に驚いたが、もう眠りのパラダイスへ羽ばたいていってしまったのでどうしようもない。
作者もどうしようもない。
ところがギッチョン。
世の中そんなに長くは寝かせてくれない。
『ちょっとマスター!』
「…無理。そのうちセレクト隊がどーにかするでしょ…」
布団の中対メダロッチの中と言うある意味奇妙な対話。
『むぅ…』
遙が言葉に詰まる。
一応常識的な範囲は知っているらしい。
「…でもね…この辺に支部が無いからくるの遅いと思うのよ…」
そう言ったきり、何も言わずに布団の中でもごもご動いている。
『ああもう…』
パンダよろしくなメダロッチの中でやきもきするしかなかった。


外、マンションの前の道路。
「いいのかねぇ…天下のメダロット社があんなことしてて」
仕掛けた当人が言うのもなんではあるが。
「AS社っていったってそん売れ行き良くないような気がするんだけどなぁ」
大体あのじいさんもう歳なんだからとっととやめろよとぼやく。
その視線の先で三角錐を貼り付けて作ったようなメダロットが適当に爆竹を爆発させていた。
妙にショボイ工作である。
そいつへ伸びる一本の影。
三角錐が天を見上げる。
「人の眠りを妨げるとはいい度胸!」
見上げた先に一人の人間。8階のベランダの桟に立っている。
「安眠のためにいざ!」
逆光で輝くその姿、正にアコライト。あった服を着たらこれだった。
…詳しくはラグナロクオンラインをやって見て下さい。
「行くよ、遙!」
遙の背にスケートボートよろしく乗り、一気に地上へと飛ぶ。
途中、エアーブースターの空圧でスカートが捲れるのを押さえるのに必死だったが。
適度な高度で飛び降り、スカートの裾を鮮やかに翻しながら着地。
サンダルの底がアスファルトとの摩擦で煙を上げてるが気にしない。
続けて指示を送る。
市街地戦での射撃は危険なため格闘オンリーで。
エアーブースターを使える最大限…使っても機体にマイナスな影響が大きくない範囲で空気を飛ばし加速する。
右腕を引き、光を纏い一撃。
三角錐の頂点に思いっきりかまし、吹き飛ばす。
追撃で左の一撃。壁に叩きつける。
トドメ、後ろを向いていた頂点の角が前に向き、光の剣が天に伸びる。
「ミストルティン!」
メダロッチを通して指示を送る。
それよりもやっぱりH.A.L..Oから先に指示が飛んでいるわけだが、雰囲気である。うん。
頂点から真っ直ぐに振り下ろされ一斬。
返しの刃でもう一斬。
Copy skill、EX-01"燕返し"
目標、完全に活動を停止。
メダルがころころと転がって、倒れた。
「…ふぅ、こんなもんね」
「そうだね」
戦闘状態を解き、一息つく。
後始末はセレクト隊に任せてここは早めに撤収することにする。
実戦での情報の採取が目的であるが発売前の機体を見せるほどお人よしではないので。

702号室ベランダ。
「…出番取られちゃった…」
7階、朱衣の隣の部屋の隣のベランダから下を見ていた人物が思わず漏らした。
「それよりも私は白い奴と勝負がしてみたいぞ」
白い奴…遙のこと。決して朱衣のスカートの中身ではない。
その隣に立って下を眺めていた黒いBTT型が言った。
「そうね、ここいらであの子達の弱点でも教えてあげますか」
それだけ呟くとAS社へ電話する。


ぷるるるるる
ありきたりな効果音が社長用のデスクから響く。
「はいはい…こちらAS社です」
『リウさん?』
「あ、碧君。一号機の調子はどう?」
『いいですよ。それよりも…二号機とロボトルしてみてもいいですか?』
「…いいよ。君が他人のことに関心を持つなんて珍しいね」
『気まぐれですよ』
「あの子の弱点…でも見つけたのかな?」
『相変わらず読みが上手いですね』
「まぁね」
『では、交渉してきます』
「あ…それと、ピコ装甲はなるべく使わないでおいてくれよ」
『使い方が分かりません』
電話が切れる。
「(…ここで潰れるようなら、メダロッターとしてもテスターとしても使い物にならない)」
珍しく真剣な顔をして、顔の前で手を組んだまま考え事を続ける。
「(ロボトルと勉強は違う…勉強のように教えられたことだけじゃ出来ないからな…)」
リオンにも、葵にもあったそれ。
朱衣は理のスペシャリスト故にそれに気が付かない。
今回のロボトルでその翼に気付き、羽ばたけるなら…
飛翔 朱衣は最強のメダロッターに成り得る。


その頃朱衣。部屋に戻る途中。
「ん?またメールだぁ」
バイブレーション状態になっている携帯の振動に気付き、ポケットから取り出し開く。
メールの内容を見て、露骨に端正な顔をしかめる。
「また電波メール…」
ため息一つ、そのメールの内容を隣を歩く遙に見せる。
それを、遙が声に出して読む。
「明日の午前3時に菊野公園でお待ちしています」
へぇ…男の人かぁと遙が勝手なことを呟く。
「生憎、そんな変なメール送ってくる相手なんてお兄ちゃんぐらいしかいないよ」
それだけ言うと遙から携帯を取り上げ、ポケットの中にしまう。
それから、上品に口に手を当てて欠伸を一つ。
鍵を閉めてなかった自分の部屋に入り、遙を奥に追いやってまたパジャマに着替える。
「おやすみぃ…」
ベットの上に倒れこみ布団を被って安眠の世界へファルコンアロー。


翌日、午前3時。
運動などに広く利用され、大きな敷地の公園。
昔は自衛隊の基地だったらしい。
納得できる広さである。
風に乗って僅かにジーっというカメラが回ってるような音も聞こえてくる。
公園でのいけないことでもカメラに収めようとしてるのかもしれない。
「で、こんなところに呼び出して何の用?」
自分と同じぐらいの歳か、その前後ぐらい。
紫色の髪をポニーテールにし、その頭には白いものが生えている。
うさぎの耳。
着ているチャイナドレスよろしくな服とはあまりにも不釣合いだった。
因みにボディラインバッチリ、スタイルバッチリである。
「貴方のBTTと私のBTT、どちらが強いか興味があってね」
電気も無い暗闇なのでその表情は分からない。
僅かに見える口元が、薄く笑っている。
「…遙っ!」
呼ぶ、その名を。
現れるは白い守護者。
「メアッ!」
叫ぶ、その名を。
現れる、ブラックとオレンジの機体。
合図もなく、戦いが始まり指示が飛ぶ。
『Copy skill BW-01 "ファルコンアロー!"』
緑の光とオレンジの光が交差する。
触れた反動でフィールド同士が反発し一瞬だけ辺りが明るくなる。
「反転、射撃!」
朱衣の指示が飛ぶ。
慣性で後ろに流れながらその身を翻し両腕の銃器を惜しげも無く放つ。
対するメアは真っ直ぐの飛行から、90度上へ回避。
反転して射撃で牽制しながら遙に向かって距離を詰める。
朱衣の指示が飛ぶ。右腕を引き光の幕を張る。
迎撃に出て、ライム色の拳を叩きつける。
メアがその拳を左腕の幕で受け流し、遙の腹部へオレンジ色の拳を叩きつける。
叩きつけられた反動で宙を一回転。
すぐさま背のエアーブースターで姿勢を立てなおしライム色の尾を引きながら空を舞う。
背を見る、メアの姿が見えない。
振り返り動きを止めた瞬間、朱衣の声が頭の中に響く。
『下!』
視線を素早く下に向ける。
腕の光も、目の光も消した。闇に消える完全なブラインドアタック。
間合いを詰められ、腕と目に光が灯る。防御も間に合わない。
そのまま顎にアッパー…いや、ドルフィンブロウ。
食らった勢いを乗せて遙がカウンターで拳を叩きこむ。
「強い…分かる、コイツ強い!」
遙が切羽詰った声で叫びながら姿勢を立て直しマシンガンで牽制。
「私に在って貴方に無いもの…分かる?」
ロボトル真っ最中に突然あいてメダロッターからの謎掛け。
遙に指示を出した後、考えるが答えは出ない。
胸とか…と答えそうになったのは内緒。
上空で、遙がまた吹っ飛ばされる。
「ロボトルの強さは経験を積めば強くなるでしょうけど…」
一瞬間を置いて続ける。
「これだけは気付かないとただ"強い"止まりよ!」
「何のことだかわかんないよ!」
朱衣が叫ぶ。
「見せてあげるわ…貴方に無いもの!」
メアに指示が飛ぶ。
“鼓円舞(こえんぶ)”
遙が接近戦を仕掛けようと両腕に光を燈し、エアーブースターを全開にして突撃。
拳を繰り出す。インパクトの瞬間、目の前の黒が消える。
吹き飛んだ。腹部に強い衝撃。
続けてオレンジの光が目の前に迫る、左腕を盾にして受け止める。
容赦無く次の衝撃が顎に叩きこまれる、カメラアイにヒビが入った。
軽い脳震盪のような感覚。体が動かない。
踵落としが顔面に決まり、重力に従い加速しながら落ちていく。
「遙、避けて!」
朱衣の悲痛な声が響く。
軋む身体を無理に動かして光の尾を引きながらブースターの力を借りて追撃の銃弾をかわす。
身体が軋む、痛い。
よく見れば腹部に大きな窪み、膝蹴りでも食らったのだろう。
しかもカメラアイは割れて片方の目の視界が上手く効かない。
射撃に移ろうとした時、ターゲットが闇に溶ける。
「マスター!」
自分からは見えない。しかし下からなら…
「右!」
見える。
身体を翻して回避。射撃に移ろうとした刹那振り上げた右腕が弾かれる。
不審の思ったのも束の間。
「酷い、全く持って酷い出来だな」
声が響く。
オレンジの光が天に伸びる。
時がスローモーションのように動く。
「まるで固定概念の塊だ」
伸びた剣が振り上げられる。
「動きも技の塊で美しさの欠片も無い」
体が動かない。その理由がダメージだけではないことを自分でも理解していた。
「二流…いや、三流だな」
剣が、振り下ろされた。
そこで、遙の意識はブラックアウトした。



「だ…じょ…ぶ?は…か」
ぼやけた声が響く。
うっすらと目を開けると、カーテンが閉じられて電気も薄い光を放っているだけ。
「マスター…」
呟くような、ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声で遙が返事をする。
「ごめんね、私の指示が甘かったばっかりに」
朱衣が謝る。しかし遙は首を振ってそれを否定する。
「僕が弱かったからですよ…」
すでに傷の癒えた腹部に手を当てる。
メアの最後に言った言葉が頭の中で反復される。
それは、朱衣も同じだった。
碧の言った言葉が、いつまでも脳裏を離れない。
問題集に載っていたどんな難しい問題も解いてきた。だけど、こんなに悩んだことは無かった。
解からない、ワカラナイ…



「リウさん」
龍祐が、考え事をしているリウに声をかける。
一度声をかけただけでは反応しないのはいつものこと。
もう一度呼んだ。今度は反応した。
「え、なんだい?」
ちょっと肩を跳ね上げて、だが。
それもいつものことなので龍祐は気にも留めないが。
「いえ、もう仕事終わりましたよね?」
「ああ、そうだね」
返事をしながら机の上に置いた資料をクリアファイルにまとめて他の書類が立ててあるスタンドに置いた。
そのスタンドに置かれているのはすべて、BTT型についてまとめられた資料である。
「今から、ちょっと引っ掛けに行きませんか?」
くい、とコップの端を上げるような仕草をする。
「ああ…いいよ」
よいしょ、とリウが椅子から立ちあがる。
おじさんみたいですね、と龍祐が笑いながら言ってリウが苦笑いを浮かべた。

ついた先はちょっと裏路地に入ったところだった。
前にも確か一度来たことがある、確か…
「キミの友人が営業してるんだったっけ?」
「はい、去年から任されたって嬉しそうに話してました」
引き戸の扉を開ける。
頭上でからんころんとカウベルがなりウェイトレスがいらっしゃいませーと明るい声で言う。
「あ、龍祐くん!久しぶり!」
龍祐と同い年であろうと言うのに、決してお肌の曲がり角は遠そうな女性がぱたぱたとこっちに走ってくる。
「お久しぶりです。彼は?」
席に案内されながら、龍祐が聞いた。
「ああ、ハヤトちゃんね。恥ずかしいからって奥でお料理頑張ってるよ」
そうですか、とだけ返して案内された席に座る。
それからビールと枝豆を注文した。
POSにそれを入力して、厨房に消えていく。
それを見送ってからリウの方に向き直った。
「隠れた名店…ってところかな?」
リウが言った。
「そうでしょうね」
軽い会話。それから、本題へと切り出す。
「昨日…いや、今日の明朝一号機と二号機がロボトルをした」
はい、と龍祐が答える。
「結果は二号機側の負け。それに朱衣君には一つ問題が出された」
ちら、と横を見る。
ビールと枝豆が運ばれてきた。
「で、その問題って言うのは?」
「碧君…一号機のメダロッターだね」
それを聞いて龍祐が眉を顰める。
しかしいまは今までそのことを言わなかったことを問い詰める場所ではないと判断して止めた。。
「彼女に在って、朱衣君に無いもの…っていうの。なんだかわかるかい?」
ビールへ伸ばしかけた手を止め、龍祐が首を振る。
「<独創性>っていうのかな。自分だけのモノっていうのをまだ完全に成立できてないんだ」
そこにあるものを、ただ作り上げるだけしかできないということさ、と付け加えた。
「はぁ…そうなんですか…」
「あ、本人に言っちゃ駄目だよ」
話が終わったからか、全く手をつけていなかったビールと枝豆に手を伸ばす。
龍祐はとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。
目の前の人間が、一筋縄では行かないことを改めて感じると同時に恐怖すら感じられたから。


また、今日も朝が来た。
朝がこない夜は無い、と誰かが言っていたが。
答えのない方程式。
公式のない問題。
一晩中悩んだ、答えは出ない。
リウに電話しようかと思ったが、やめた。
カーテンを外を見る。
太陽が半分顔を出していた。
いつもはしないけれど散歩をしようと思った。
黒色のズボン、灰色のプリントの入ったTシャツ、まだ少し寒いのでカーディガンを羽織る。
壁を見てみればよりかかって遙が寝ている。
起こすのもかわいそうなのでH.A.L.Oは机の上に置いたまま部屋を出る。
靴を履き、優秀なボディーガードがいるとはいえ女一人じゃ物騒なので閉めておいた鍵を開け外に出る。
出た時、お隣さんと会った。
紫色のロングヘアーが朝日を受けて眩しい、女の人だった。
そしてやはり、眠そうだった。
「おはようございます…」
「おはよう…」
双方とも眠そうな目、気の抜けた声で挨拶をしてすれ違う。
碧は気付いていたが朱衣は気付かなかった。早朝にお互い会っていたとは。
街中を歩いていても、早朝なので全然人の姿が見えない。
返ってその方がなんだか気が楽だった。
歩いていくうちに、公園までついた。
入り口からも見える、堂々とした造りの噴水の前に腰掛ける。
ふぅ、と溜め息をついて天を仰ぐ。
憎々しいほどに良く晴れている。白と青のコントラストが眩しい。
視線を落とすと足元には数羽の鳩が集まっている。
それらを見て、呟いた。
「いいね、君達は悩みが無くて…」
はぁ、と溜息をつく。
その朱衣の様子に気づいた鳩が顔を上げた。
そんな鳩の様子にも気付かず、もう一度形のいい唇から溜息が漏れた。
これ以上何も考える気が起きない。ボーっとしている間に時間が過ぎる。
気が付くともう午前の10時ごろになっていた。
公園にも人の姿が見え始め、なんだか居辛くなって公園を後にした。
マンションに帰る途中、本屋があった。
ちょうどついさっき開店したようで客の姿は少ない。
気分転換に、本屋に入ってみた。
雑誌コーナー、文房具コーナー、漫画コーナー…etc
本屋としては十分なほど本が揃っていた。
その中の、漫画コーナーに向かって歩いていく。
普段なら絶対に漫画など読まないのだが、なんだか今は読んでみようという気分になった。
何冊か取り、短い巻数のものを選んでレジへ持っていく。
全部で9冊。ジャンルはばらばら。
流石にこれだけあると重かったが、それでも気にせずにマンションへ向かって歩き出した。
帰り道、まずは一巻限りのものを取ってみる。
本の題名は…「翼のメダロット」
あまり面白くなかった。
それを読み終わった頃にはマンションについたので、残りは部屋に帰って読むことにした。
部屋に到着。ベットに体を預けて仰向けに倒れ本を読み始める。
題名は「君が望む政権」
そこそこ面白かったが何かが足りない感じがした。
朱衣が買ってきた本を遙も読み始めた。
ずいぶんと真剣に読んでいる。
3つ目「クロイツバサ」
全3巻の、中篇漫画。
内容は平凡な少年がメダロットとの出会いから戦いの中に巻き込まれていくというもの。
どこにでもありそうな、平凡な話だと思っていた。
ひとつだけ、何かが引っ掛かった。
そこに、答えがあるとは思えなかったが。
半身を起こしてそのページに見入っていた。
言葉が出なかった。


「もう一度ぐらい、ロボトルしてみようかな」
ぐつぐつと煮えたぎる鍋を身ながら、紫髪の女性が呟く。
旅行のパンフレットを眺めていたメアが尋ねる。
「こないだ闘ったばっかりじゃないか」
「でもまぁ、相方になるんだから成長度合いは気になるじゃない?」
「それはまぁ、そうだが…」
言いよどんで、結局続きの言葉は心の中で吐いた。
お隣さんなんだからわざわざ呼び出したりしなくてもいいじゃないか。


メダロット社重役室。
「で、今度の日曜日にAS社の新型がもう一度がぶつかるみたいですよ」
嫌々ながらも上司に…というか社長に報告する。
「分かった、此方もそれに合わせるとしよう」
それから、指示を承る。
技術部に所属していた彼としては好ましくないことをやらされていた。

盗作。

いかにAS社のメダロットが優れていようとも。
如何に自分たちの作った機体が売れなくても。
それだけは、したくなかった。
それをしたら、自分の積み重ねてきたものの意味がなくなる。
信用が無くなる。
己の信念を崩される、会社の歯車の一つにされる。
誇りを持って仕事をしてきた今までが、とても羨ましく思えてきた。


点が、繋がっていく。


「遙、行くよ…」
まだ、答えは出ていない。
しかし環境は、時間は待ってくれない。
二度目のメール、同じ時間、同じ場所への呼び出し。
違う事は日付と、心理状況。
あの時は、何でもできると思っていた。
今は違う、できることと、できない事が分からなくなってきた。
それでも行かなくてはならない。
この先に道があると信じて…


「両機とも、機体状況は安定…予想出力以上は出ています」
二体のメダロットが、ケーブルに繋がれ携帯端末にデータが映し出されている。
「…ごめんね」
機体チェックを行ってた男が呟く。
双子のメダロットは優しい瞳をその男に向けた。
「気にしないで下さい」
「気に病むことはないですよ」
少年と、少女の声だった。

「僕たちも、行くよ」
「リウさん?」
デスクワークを終えて、さぁかえろうと思った矢先に言われた。
「BTT同士の戦い、朱衣君の利用価値。確かめに行くよ」
「…はい」
返す言葉は要らない、言わなくてもわかっているだろうから。


公園。
「懲りずに、また来たの?」
碧が、言う。
「お酢とみりんの関係ですよ」
朱衣が睨みながら言う。
「なるほど」
メアが頷き、
「どういう関係なんだろう?」
遙が混乱した。
そして、音が消えた。
あるのは静かに回転するフユーンリングの音と稼動音。
視線が交差する、言葉は要らない。
静から動へ。
ニ陣の風が舞い上がる。
上空での拳のぶつけ合い、光同士が反発しスパークを起こす。
「遙!」
「メア!」
パートナーの名を叫ぶ、それより先の指示は言葉では要らない。
黒の蹴りが左から迫る。
左腕で受け止め、右腕の銃器で近距離射撃。
フィールドの消えた瞬間を抜ける弾丸、メアの右肩に突き刺さる。
肩のアーマーを削ることはできた、しかしその程度。
次の攻撃が来るより前に肩の姿勢制御用ブースターを上へ向け、下に降りる。
まるで接近戦を嫌がるように。
メアがその少し上を射撃しながら飛ぶ。
闇で黒く染まった草を蹴り、射撃しながら低空飛行。
「(どうする…)」
遙に質問するわけでもなく、自問自答。
策が何も浮かばない。
何も練らないで突っ込んでいけば負ける。
それは前回で分かった事。
どうしよう、同じ意の言葉をもう一度漏らす。
『うわぁ!』
H.A.L.Oを通じて遙の声が響く。
迷ってる時間は無い、そのことを悟ると状況を確かめる。
今叫び声をあげた一撃で右腕のダメージが増えている。
68%、他はまだ30%前半。
地に伏せた遙とそこへ飛ぶメア。
指示を出さなくては、思った刹那。
『……無理だ、勝てないよ…』
あまりにも弱々しい遙の声。
「遙…」
その声に、呆然とするしかない。
メアが、遙の体を仰向けにさせ、胸部を掴んで上に持ち上げる。
何かを諦めたかのように薄く光る遙の緑色の瞳。
それをまっすぐ見返すメアの明確な意思を持ったオレンジ色の瞳
「テメェ…諦めたな!」
どがん、と鈍い音がする。
遙が地面に叩きつけられた音
二度三度跳ねて、うつぶせのまま動かず何も喋らない。
それでも、メアは遙のところまで歩いていき角を掴んで持ち上げる。
「相手をなめてるのか!」
怒号が響く、遙はぼんやりとしたままの目を其方に向けるだけ。
「それでも男か、この度胸無しが!」
掴んでいた角を離す、遙が地面に落ちた。
「本気で戦ってる相手に、失礼だと思わないのかよ…」
踵を返して、碧の元へ歩いていく。
遙は微動もしない。
勝負はすでに決している。
「この程度で終わるなんて…がっかりだよ」
その言葉を残して去ろうとした瞬間。

光の帯が、メアを吹き飛ばした。

高さ一メートルほどのビーム。
まともに食らった芝生を抜けて、10mほど離れた歩行路にまで吹き飛ばされたところで止まった。
「誰!?」
ビームの放たれたであろう方向に碧が叫ぶ。
その方向から、歩いてくる人影があった。
一つではない。4つ…いや、5つ。
「失礼、流れ弾が当たってしまったようだな」
上級階級特有の、人を見下したような声。
電灯の下に立つ人影。
一人は、丸々と太った男。銀色の髪を後ろに流している。
先ほどの声はこいつからみたいだ。
続けて、その横にいる青年。23〜5ぐらいか。
中肉中背。両腕にメダロッチをつけている。取り立てて特徴が無い。
猫も無視して素通りしそうな男だ。
その男の横に、ロボトルレフェリーがいた。
何度か雑誌で見たことのある有名な人だ。何故この場にいるのかは知らないが。
そして、それらの前に立つ青色の、脇から抱えるほどの大きさのライフルを持ったメダロットがいた。
赤色の同型機がその隣にいる。こちらはマシンガンのようだ。
そして、それらの姿は。
BTT型にそっくりであった。
「そのメダロットは…」
碧が言う、まさかという思いはある。
形もわずかに違う。
背にエアーブースターがついてないことや頭部が反応弾のものに切り替わってるとことか。
「これは、我がメダロット社の最新鋭機”パテュラリー”だ」
その言葉で、確信に変わった。
あの人セキュリティホール作りすぎ!
ではなく。
「パクった…」
「そう思うのも無理はないかね。では、こうしようじゃないか」

やたら偉そうな男が喋ってる間、朱衣の中で何かが変わっていく。
目の前のBTT型…
Copy skill…
足りないもの…
すべてが、繋がる。
今まで、自分のしてきた道はあった物をなぞっただけ。
複製品。
砂時計の中に詰められた石の塊がすべて砂に変わっていくように。
靄が段々と晴れていくように。
自分の中のすべてが変わっていく。

「BTT型の発売権利を求めて、ロボトルで決めようではないか」
両手を広げて、嘲笑を顔に浮かべる
「なっ…」
何を言ってるの!そう言おうとしたが声として出ず頭のその言葉だけ出た。
言い直そうとしたらしたで今度はまた別の声が。
「いいですよ、AS社とメダロット社でどちらがBTT型を販売するか決めましょう」
朱衣のものでも、メアのものでも、ましては遙のものでもない。
メアを抱きかかえながら立つその者。
BTT-01の開発者であり、AS社の社長。
安藤リウがそこにいた。
「もちろん、2 on 2のロボトルで」
正気ですか!?とリウの後ろにいた龍祐も振り返ってリウの方を見ていた碧も顔一面にその態度を表した。
AS社製のBTT型は二体ともぼろぼろだった。
片方は心が折れ、片方は体が傷つき。
それでも続ける。
「どうせそのつもりでレフェリーさんをこんな夜中に連れてきたんでしょ、父さん」
またもオーディエンスびっくり。
「分かってるじゃないか」
父さんと呼ばれた、メダ社の社長が返した。
レフェリーが、前に出てバイザーを頭につけた。


「遙、ごめんね。怖かったでしょう?」
返事はない、微動もしない。
「でも…私は戦いたい、戦って自分だけの未来を作りたい」
遙の手が、芝生の草を掴んだ。
「だから、立って。立ちなさい」
初めて、命令を送る。
わずかに動くが、反応はない。
「立ちなさい!それでも男なの!?」
朱衣の、遙に向けた初めての怒号。
「男男って…男女差別もいいとこですよ!」
叫ぶと同時に遙が立ち上がる。
朱衣を見る碧の瞳は、明確な意思を持つ瞳。
「…良し!」
ぐ、と朱衣のサムズアップ。
それを見て、敵へ、前へ向く。
痛む右腕を伸ばし同じようにサムズアップした。
僕はもう、大丈夫です。
そう言うかのように。


「では、メダロット社代表対AS社代表での真剣ロボトルでよろしいですね?」
それぞれのトップが頷き、続けて賭けの内容。
パーツに変わり、BTT型の販売権利。
承諾。
両方のBTT型がスタンバイに入る。
遙が目を閉じて、両手の拳をゆっくりと握る。
前よりも確かな感覚、強くなりたいという意思がはっきりと自分の中にあるのが分かる。
遙の横に立つメア。
「…私も戦える」
各部には焦げ跡が残り、立派だった塗装も見る影もない。
その上、端っこの方はちょっと溶けている始末。
「大丈夫ですか?」
前を見ながら、遙が聞く。
「立ち直るの早いな」
呆れ声半分、嬉しさ半分の声。
「優秀なマスターのお陰です」
少し嬉しそうな声。
「そうか。次に無様な戦い方を見せたら後ろから撃つぞ」
冗談めかした声。
「お願いします」
真剣な声。
ロボトルが始まる。
「…よし、行くぞ。話は終わったな?」
自分のマスターと朱衣、それと話してたリウに向かって。
「うん」「いいよ」
返事が帰ってきた。
レフェリーが腕を上げる。
地に付けた足に力が篭る。
背のエア―ブースターが出力を上げていく。

「(ごめんね…)」
男は、心の中で呟いた。
謝罪の言葉、前に立つ二人に向かって。
青、レムスと名を付けた。
AS社のBTTを複写したもの。
エアーブースターなどはオミットされている。
右腕に抱える大型ビーム砲で攻撃力を出来る限り追求している。
赤、レムロスと名付けた。
レムスが兄でレムロスが妹らしい。
こちらはビーム砲の変わりにガトリング砲を抱えている。
なんだか物騒ではあるが、これくらいでもしとかないと技術的差を縮めたと上は認めてくれない。
嫌な世の中だ。
でも、勝算がある。
この子達のために勝たなきゃいけない…

「ロボトルファイト!」

「いっけぇぇぇぇ!」
メダロット社BTTのマスター、黒岩(くろいわ)が叫ぶ。
先手必勝の重火器の発射。
「メア、回避!」
「遙、反射!」
メアが上へ飛び退き、遙が両手を前に突き出し頭の角を左右に開いて緑の丸い幕を作り上げる。
パリ、と一瞬閃光が走りビームを反射できずに後ろに流れていってる。
動きが止まってる間にメアが光の線の上を走り抜け、レムスに殴りかかる。
『《メア、そのまま真っ直ぐ!右から来るよ!》』
殴るの止め、真っ直ぐレムスの横を飛びぬける。
そのすぐ後ろを弾丸の嵐が走り抜ける。味方に当てないところを見ると流石といったところか。
心の中で舌打ちし、地面ギリギリを飛ぶ。
そのまま殴りにかかろうとした瞬間。
ぽんっ!
宙に浮いていた体が地面に投げ出された!
「!?」
前転で受身をとリ、目の前にいたレムロスに右の拳を撃ち付けて数歩間合いを取る。
「どうなったの今のは?」
「《ブースターが一瞬出力が落ちたみたい。結構キてるね》」
ガトリングを右に避ける、背のエアーブースターは身体の持ち主の意志に反応しない。
「まいったな…」
両腕のライフルも溶けて撃てない、頭は…使えそうだが役に立たなさそう。
弱音を吐いてる場合じゃない、そう思い直すと両の拳を構える。
「でも、前の身体に戻ったと思えばいいか」
両腕にリフレクトを灯した。

一方レムス。
ビーム砲の光が消え、その向こうには何も残っていない。
ひゅうと風が吹いた。
それでも体中に残っているぴりぴりとした感覚は消えない。
「やったか!?」
叫ぶ、すぐさまメダロッターからの返答。
『まだ、上!反応弾!』
天を見上げる、月を背にシルエットを移しながら遙が垂直降下してくる。
普通の相手なら、格好の的。
「いっけぇぇ、反応弾!」
レムスが叫ぶ。
絶対的な命中精度を誇る反応弾、価格の高さが玉にキズ。
白煙を靡かせて天空からの強襲者に迫る。
「《CIG!》」
朱衣の指示が飛ぶ。
額につけられた二門の緊急迎撃用銃器が始めて火を噴いた。
反応弾が目前で爆発する、爆炎が身体を包む。
「うおぉぉぉ!」
左腕を横薙ぎに払い、右腕を正面に突き出しファルコンアロー。
オレンジと赤の視界を抜けたその先は。
レムスが大型ビーム砲を構えていた。
「これで終わりだぁぁぁぁ!!」
その銃口から閃光が遙の視界を包んだ。


戻ってレムロス。
「まさか…リフレクトを突き抜けてくるなんてね…」
顔、胸、肩、腕、太腿、脚。
そのすべてに弾丸が叩き込まれた跡があった。
もう立ってるのもやっとのはず、機能停止してもおかしくないはず。
弱者を甚振るかのようにガトリングの銃口を向けながらレムロスは話を始めた。
「ブレードウイングってご存知?」
「一応、知ってる」
もう既に両腕にも光がともらない。
それでも。
「そのメダロットはね、エネルギーフィールドを中和する槍を使ってたの」
「初耳」
その瞳に宿る意志は。
「一つ賢くなったわね、それじゃ」
全く戦意を衰えていない!
ガトリングが放たれた刹那。
集中力が限界まで高まった瞬間。
碧の頭の中に声が響いた。
《”諦めぬ意志”承認、ピコマシン発動コード…》


「意外としつこいな…」
ふしゅん、と水蒸気がライフルの背から吐き出される。
そして、エネルギーの充電が始まる。
「まだ…終わってませんよ…」
純白だった身体も灰色に染まり、どころどころ溶けている。
片膝をつき、両の拳の光も消え、背のエアーブースターもその機能を果たさない。
誰が見ても絶望的な状況。
それでも、戦う意志は消えていない。
BTT型がパクられたという怒りもまだどこかにあるのかもしれない。
しかし、それ以外の感情が自分を突き動かしている。
拳を握った瞬間。
朱衣が指示を出そうとした瞬間。
《”信じる心、己の創造”承認、ピコマシン発動コード…》


時間がない。
奇跡を呼ぶの言葉を唱える。
『《ピコマシン起動!コード…》』
二人の女性の声が重なる。
その瞳には、強い意志。
「”Over myself!”」
「”Retry tryal!”」
真の力が、意志に呼応していく。
2体の身体が、色素を失っていくかのように透き通っていく。


ボクサーなどは集中力の限界に達したとき物の動きがゆっくりに見えるという。
そして、メアもその境地に達していた。
胸の辺りが熱い、フユーンリングが高速回転しているのだろうか。
だんだんと身体が軽くなっていく。
身体中に付けられた枷が外れていくように、自由を取り戻していく。
一発目の弾丸、二発目の弾丸。
途切れなく飛び出していくはずなのになぜかその一個一個がはっきりと見える。
それらを避ける、その先にあるものに向かって拳を突き出す。
「避けた、なんで!?」
「知らないぃぃ!」
腹部に一撃、吹き飛ぶ。その後を追って飛ぶ。
軽い、通常時よりもずっと。
「《Copy Skill BW-01 ”ファルコンアロー”!》」
吹き飛んだレムロスに思いっきり叩き込む、続けて己の技を。
必殺の連撃を。
「《いっけぇぇ!鼓円舞!!》」
碧の声が響く。
黒が、美しく舞う。


「燃え尽きろぉぉ!!」
ビーム砲が吐き出される。
「うあぉおおおおお!」
遙の咆哮が響く。
断末魔の咆哮ではない。
「《エアーブースター全開!》」
指示を実行するために自らの身体に気力を漲らせるためのもの。
そして。

一陣の風が吹いた。

ビーム砲に焼かれた地面には焦げ後だけが残り、光も消えて静かな夜に戻る…
しかしレムスの身体を刺すプレッシャーは消えない。
いや、強くなってる。
その発生源を探る、分かった。背から。
振り返った。
肩で息をしている遙がそこにいた。
「僕が時を止めた…」
嘘つかない。
「なんだ…何だその身体は!?」
初めてAS社製BTT型の能力に恐怖した瞬間だった。
身体は半透明に透け、中が見えている。
それよりもあれだけ与えたダメージがすべて消えていた。
一瞬で自分の背後に回りこむ暴力的な機動力。
「くるな…くるなぁあああ!」
「おおおお!」
拳の渾身の一撃。
レムスのその姿はついさっきまでの自分に重なった。
「《一気に行くよ!》」
「はい!」
殴って吹き飛んだ分踏み込み、拳を引く。
身体を深く沈め、半月を描く。
「ドルフィン!」
腹部を抉り天に打ち上げる、まだ終わらない。
「《ファルコン!》」
その姿を追い、地を蹴る。
ビーム砲を構えていた、放たれる閃光。
それも今のこの身体ならよけることぐらい訳なかった。
ビームの対し螺旋模様を描くように飛びその根元、レムスの腹部にもう一度叩き込む。
そのまま上昇、リフレクトの出力を最大にして弾き飛ばす。
「《いくよ、遙…!》」
その朱衣の声は少し高揚していた。
頭の中にこれからとる行動の指示が流れ込んでくる。
誰のものでもない、初めて聞く方法。
誰かが聞けば馬鹿にするかもしれないが、失敗するかも知れないがそれでも良かった。
朱衣を信じているから、信じられる自分だから。
高く、高く飛ぶ。
両手をだらりと広げた状態で、エアーブースターを止めて仰向け状態から頭を下にする。下を見る。
落ちていくレムスが見える。
指示通り、縦に刻まれたエアーブースター噴射口のカバーを細くする。
「《エア!》」
エアーブースターを思いっきり噴射。
笛のようなピィーという音が木霊する。
「《チャクラム!》」
ブースターの向きを修正して 高速回転。
レムスの横を翔け抜け、背の刃で傷を付ける。
だが、それが目的ではない。真の目的は旋風を発生させること。
地面が迫る、拳を構える。
「《スクリュー!》」
ギリギリまで回転状態を維持し、地面にぶつかる瞬間。
地面を殴り、身体を横に吹き飛ばす。
横回転で飛び、左手でもう一度地面をはじき、全身のエアーブースターで姿勢を戻す。
強い衝撃が走ったが、すぐに身体の痛みが引いた。
「やった…!」
旋風の中に残されたレムスを見あげる。
その身体は出血無き切り傷がどんどんと刻まれていく。
カマイタチ現象、といったか。
「《トドメ、一斉射撃!》」
両腕を正面に突き出し、空中で身動きの取れないレムスに狙いを定める。
「燃え尽きろぉぉぉ!…ってね」
その狙いは正確であった。


カシャン、という音が重なる。
倒れる2体のメダロット。
吐き出されるメダル。
ロボトルが終わった。
半透明だった二体に色素が戻っていく。
「メダロット社BTT、機能停止!勝者AS社!」
レフェリーが天高らかに告げる。
「父さん、もう歳なんですよ。兄さんに代わったらどうですか?」
リウが当然のように呟く。
「な…な…」
何を言おうとしてるのか分からなが明らかに動揺しているのは確かだ。
「BTTはAS社から出します、勝負には勝ちましたから」
はっきりとした口調でリウが宣言した。
果たして、その声は届いたのか届かなかったのか分からないが。
「さ、帰ろうか」
ぽん、と二人の肩を叩く。
AS社の面々が引き上げる。
公園の出口まで行った所で、後ろから呼び止められる。
相手のメダロッターの人だ。
「すいません、企業秘密かもしれませんが…半透明になったあれは何ですか?」
きょとんとした顔になったリウだが、いつもの何かを隠した笑みに戻る。
「ピコマシン装甲、昔メダロット社の社員で試作品を作った人がいたんだけどなぁ」
「その人って…?」
「知らない、そっちじゃピコはその試作品で見切りをつけちゃったみたいだけどね」
「そうなんですか…」
「それじゃ、また会うといいね」
また歩き出した。








それからしばらくして、AS社からBTT型は発売された。
もちろん、試作品と比べればスペックは格段に落ちている。
今までのAS社製品と比べて格段に売れ行きは良く、巷の噂では後継機が開発されているとかいないとか。

メダロット社の方も動きがあった。
社長の交代があったようである。
父から子へと受け継がれたようであるがその理由の一つに旧社長が急に腑抜けになってしまったからだと言われている。
AS社への営業妨害もなくなったので今のところは平穏である。


一年後。
AS社
「社長、次は何出すんですか?」
売れ行きの良さに少し上機嫌な龍祐。
経営は上々で赤字だった前がウソのようである。
対照的にリウの方はどこか眠そうだ。
「そうだなぁ…僕ももう歳だからなぁ…」
そういうとファイルを一つ取り出す。
その間に挟まれた企画書を机の上に置く。
「龍祐君」
「はい?」
呼ばれてそっちを向く。
「この企画、やってみない?」
その企画書の表紙にはBTT-02 サファイアと書かれていた。


トントン、と包丁でまな板を叩く音が台所から響く。
その音を立ててる主は碧。
紫色の髪を後ろで纏め、Tシャツにジーンズ、エプロンといった出で立ち。
一般的な男性から見ればぜひともお知り合いになりたいであろう。
「メア、調子はどう?」
部屋でごろごろとしているメダロットに向けて尋ねる。
「最近どうも身体がだるくてー」
「リウさんに見てもらう?」
「あの人にやらせると3日間は帰ってこれないからいいー」
もちろんそんなことはないのであるがありえないとも言い切れないので碧は苦笑いを浮かべた。
「ご飯食べたら大学行くんだけどついてくる?」
「いい、寝てるー」
「はいはい」
ロボトル中とのえらい違いである。
普段はこんなんじゃなかったんだけどなぁ。
と、碧が心の中で漏らしたとか漏らさなかったとか。


「遙、ごー!」
「はいっ!」
エアーブースターを全開にして顔の横ギリギリのところでミサイルを避けて突撃。
『ファルコン…』
「アロー!」
対戦相手のパンダが吹き飛んだ。
壁に叩きつけられて機能停止。
「こいつ、つえぇ…」
男はそう呟くとパンダを回収して逃げ出した。
一年の歳月の間、鍛錬を重ねて初心者だった頃より格段に強くなっていた。
最初の内にあれだけの体験をして心も強くなったというのも関連してるかもしれないが。
「最近多いんだよね…ロボトル仕掛けてくる人」
そんなこんなで噂が広がり、朱衣にロボトルを仕掛ける人が後を絶たないのだ。
因みに噂は赤髪のメダロッターがやたら強いというもの。
ずいぶんと抽象的であるのは女に負けたといえない男の意地という奴からか。
「そうですね」
「私の美貌のせいかな?」
言って、セクシーポーズをとってみる。
胸ない腰もそうでもない尻ないの身体なので全然様になってないが遙はそんなこと言えやしない。
「あ、今様になってないと思ったね!」
「そんなことないですよ!」
思っていたことをずばりと当てられてうろたえる遙。
「ぷー」
頬を膨らます。
「ああ…ごめんなさい僕が悪かったですよぅ…」
しょんぼりと項垂れる遙。
その時、ガシャンとNFRP独特の音がした。
近いと察するとそっちの方に小走りでかけていく。
その後ろに遙がついていく。
校舎の隙間を抜けて、見えたそこには。
「サークルバトル…」
多人数対多人数のロボトル。
片方は、学校指定のメダロットエグゼリウスが数体にAS社製のハガネカブトの改良機が一体。
もう片方は、多勢に無勢といった感じでメダロット社製の機体が数でエグゼリウス達を押していく。
「マスター、どうします?」
「そうね…」
サークルバトルのルール。
サークルバトルとは最高20対20で行われる大規模ロボトルのことである。
サークルのメンバーの中から最高20人まで選べ、また部外者も3人までそのメンバーにいれることができる。
特にロボトルの途中から入っちゃ駄目というルールはないため、増援という作戦も取れる。
ロボトルなので賭けるわけで…その賭けの対象は部室。
なので主に部室を持ってないサークルが持っているサークルに勝負を挑むことが多い。
ただ持っているサークルが領土拡大のため別の部室を持っているサークルに挑んでもよい。
と、とある作品から抜粋。
この場合朱衣は部外者に当たる。
このサークルバトルに介入することは決めた。
あとはどちらにつくか。
「遙…」
「はい」
その視線の先、遙は指示がなくてもわかっている。
体中のエアーブースターを灯し、宙に浮く。
「エグゼリウスの援護、行って!」
「了解!」
言うと同時に、最大速度まで一気に加速して戦陣の中へ飛ぶ。
女は、強い。
くじけても、その瞳に未来を映し続ける。
空を舞う美しきメダロッター達の話が世間に伝わるのは、もう少し先。
それまでは、今を楽しむとしよう…